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その奇妙な店は、いつも遊びに行く飛行場の中にあった。「店」と思えたのは、机の上にいつもうず高く飴やゆで玉子が積み上がっていたからで。
戸口の向こうから見る光景は、梢子(しょうこ)にはかなり魅力的に映る。もっとも、それは子供たちのみならず当時の国民すべてにとり、大変な魅力を放つ光景であったろう。特に綺麗な紙に包まれた、甘い飴の山は。
国民学校の五年生である梢子は、おかっぱの頭をぷるんと振り、黒いスカートの吊りひもを握った。知らず見入って、戸口に立ち尽くしてしまう。
第二次世界大戦の末期、梢子の父親は文官にしては出世が早く、このY県の飛行訓練場の連隊長に任命されていた。だから彼女は、飛行場の内部へ自由に出入りが許されている。
ふだんは滑走路を遠く眺め、周辺の広々した広場でひとり影踏みに興じるのが常。だが今日はなぜか惹かれるように、兵舎の奥まで覗きたくなったのだ。
梢子は惹かれるまま、その食堂に足を踏み入れる。ギシギシと木の床が軋んだ。かまわず、梢子は頑丈な木の机にたどり着く。おかっぱ頭は伸び上がり、後ろに倒れかけた。それくらい高く高く、ゆで玉子や飴が積み上がっている。
彼女は後ろ足を踏んばり、その美味そうな山を見上げた。
この時代、たとえ尉官クラスの家族であっても、そんな「贅沢」な食事などできてはいない。配給だけでは、食べ盛りの口をあがないきれるものではなかった。いつも空腹で、山と積まれた飴やゆで玉子など夢のまた夢の、そんな時世。
机に載り上がり、梢子はためらいなく飴へ手を伸ばす。けれどその痩せた指先が届く前に、背後から声がかかった。
「それは駄目だよ」
振り向くと当直の兵隊が、そっと手を振っている。彼は優しげな笑みを浮かべ、改めて首を振った。
「それは、特攻して行く兵隊さんが、食べるためのもの、だから」
身をのり出していた梢子は、静かに机から離れ、そそくさと走り出した。
その訓練飛行場の訓練とは、いわゆる「特攻」のための飛行の訓練。飴やゆで玉子の山も、「お国のため」死にゆく彼らを慰めるためのもの。
梢子は黄ばんだブラウスの襟で頬を叩かれながら、ひたすらいつもの広場まで駆けて行った。そこに茂る一畳程度の雑草のカーペットに、荒れた息で膝をつく。見下ろす視界は萌える緑。息がおさまるまで、梢子はただ見つめていた。
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