第1章

2/9
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 月明かりだけが頼りの仄暗い部屋。派手な装飾品こそ置いてないものの、天蓋を被せた大きなベッドの様子から裕福な家庭の寝室である事が容易に想像出来る。綺麗に閉じられたクローゼットを開くと、美しいだけでなく、高級な素材を用いているのだろう多くの着衣が見付けられた。小さな引き出しを重ねた入れ物には、眩しいばかりの宝飾品も仕舞われており、家主らが多数派の上流階級ではない事を主張している。  機能美も実用性もない、ただ大きいだけの宝石を取り付けた指輪は、見る者が見ればナックルダスターを彷彿とさせる形状だ。サイズこそ適当ながら、取り敢えず拳の前面をカバーするだけならば二つで足り、中でも角の多い硝子のような多角形の宝飾品を選んだクツミがふと呟くような調子でイスルギへ質問する。  「ろくに指も動かせないような、こんな凶器みたいな指輪を付けて……金持ちってのは常に誰かを威嚇してんのか?」  「知らん。訊いてみれば良いだろ」  豪奢なベッドの上で何かの作業を進めながら、イスルギが興味ないと言いたげに背中越しの返事で応じた。  「で、どうよ。実際は?」  イスルギに促される形で矛先を変えたクツミが、それを向けるに適当な人物へ改めて問い掛ける。が、何処かの聖人の死に様宜しく壁へ貼り付けられた家主は呻き声を漏らすのも精一杯らしく、シーツで縛られた口から涎と荒い鼻息を溢れさすばかりだった。  「あぁ、喋れないのか」  ?くだけの家主を見、つまらなさそうに呟いたクツミは何ら前触れもなく拳を握ると、力任せに振り下ろした。  「さてと」  脂肪の詰まった腹を潰された家主が嘔吐き、シーツに縛られた口から黄色い液体を噴き出す傍ら、ベッドの上での作業を終えたイスルギがクツミに代わって現状ついて説明した。  「見ての通り、僕達はアンタを殺しに来た暗殺者だ」  「って言うほど、隠密でもないから暗殺かどうかは疑わしいけどな」  「アンタが誰かは知らない。金持ちなんだろうって分かるだけだ。僕達は依頼を受けて、殺しに来ただけだから、アンタが誰であろうと関係ないし、興味もない」  「でも、依頼者はお前を苦しませた上で殺してくれと言ってきた」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!