おじさん

3/6
前へ
/6ページ
次へ
いけ好かないおじさんだった。 長年勤めていた工場が倒産し、次に正社員として雇ってくれる会社を探しているあいだ、ここで短期で働くとのことだった。大学受験を控えた娘がいて、貯金を切り崩すわけにはいかないのだと。もちろん、接客の経験はない。 レジのノウハウを一通り教えると、おじさんは「はい、はい」と返事をしながら了解した。しかし、実際にお客が来ると、ひどく手がふるえて、若い女性の手のひらにお釣りを押し付けてしまい、女性はあからさまに口元を歪めた。 「ま、最初ですし……力を抜いてください」 とおれはフォローした。 おじさんのふるえが止まるのには丸々1週間かかった。そのあいだにも、商品の棚を覚えられなかったり、振り込みの対応を間違えそうになったり。おれは、常に他の従業員がいっしょにいるようにした。 アルバイトたちは、おじさんの愚行をみるたび、おれに視線を送った。ため息をつくように笑うやつもいて、おれは辛抱強くうなづいてやった。 おれと南田のように、今までアルバイト同士も事務的で乾いたやりとりしかなかったが、おじさんのことで相談しあうやつがでてきた。 「覚えが悪くてすみません」 おじさんは気付いており、そのたびに頭の後ろに手をやって、メガネを光らせた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加