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いけ好かないおじさんだった。
長年勤めていた工場が倒産し、次に正社員として雇ってくれる会社を探しているあいだ、ここで短期で働くとのことだった。大学受験を控えた娘がいて、貯金を切り崩すわけにはいかないのだと。もちろん、接客の経験はない。
レジのノウハウを一通り教えると、おじさんは「はい、はい」と返事をしながら了解した。しかし、実際にお客が来ると、ひどく手がふるえて、若い女性の手のひらにお釣りを押し付けてしまい、女性はあからさまに口元を歪めた。
「ま、最初ですし……力を抜いてください」
とおれはフォローした。
おじさんのふるえが止まるのには丸々1週間かかった。そのあいだにも、商品の棚を覚えられなかったり、振り込みの対応を間違えそうになったり。おれは、常に他の従業員がいっしょにいるようにした。
アルバイトたちは、おじさんの愚行をみるたび、おれに視線を送った。ため息をつくように笑うやつもいて、おれは辛抱強くうなづいてやった。
おれと南田のように、今までアルバイト同士も事務的で乾いたやりとりしかなかったが、おじさんのことで相談しあうやつがでてきた。
「覚えが悪くてすみません」
おじさんは気付いており、そのたびに頭の後ろに手をやって、メガネを光らせた。
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