7.

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そこまで一気に話すと、京香は俯いてしまった。 「でも、あの後から、あの人はあのコーヒーショップに来なくなってしまったんです。」 「え……。じゃあ、会えなくなってから、1年位経つの? 」 京香がもう1度頷く。そして、泣きそうな声で言った。 「毎日会っていたのに、私が一週間も行かなかったからでしょうか? でも、突然来てくれなくなるなんて。」 まさか、1年以上も前の話だとは思わなかった。10代の体感年齢は、大人のそれに比べて長い。それなのに、そんな前のことに高校生の京香が、会いたい、忘れられないと泣くなんて、想いは本物なのだろう。未だに、朝は電車通学を続けているのも、それを物語っている。 「私は、嫌われてしまったのでしょうか? 何が悪かったのか理由が分からないんです 」と涙声で言う京香を真祝は、慌てて慰める。 「その人は転勤とか仕事が変わったとかで、理由があってあの駅を使わなくなってしまったのかも知れないし、京香ちゃんを嫌うとか、深い意味は無いのかもしれないよ? 」 「でも、あのコーヒーショップに行けば会えると分かっているのに、来て下さらないのは、私はあの人にとって会わなくてもいい人間だということですよね 」 胸の奥が痛い。京香の想いに自分の想いを重ねて、苦しくなる。好きな人に想いを返して貰えない、心臓が壊れてしまいそうな気持ちは真祝には分かり過ぎる程に分かるから。 それにしても、その男の意図が分からない。京香が久我のご令嬢だと知って近付いたのだと思いながら話を聞いていたのだが、そんな前に姿を消してしまったのなら意味はない。 本当に偶然だったのか、それとも……。 考えていると、突然とんでもない答えに行き当たり、心臓がどくんと大きな音を立てた。 まさか、そんな筈はない。だけど、俺はさっき何んて思った? 彼女のバックを知っている男。この世にはαよりαらしいβがいる。 それから、彼女は何んて言った? いつも微笑みを(たた)えている薄い口唇、優しそうな物腰、筋の通った姿勢の良い立ち姿。 そして、切れ長の涼し気な目許に寄る笑った時の目尻のしわは、真祝の大好きだった男も持つものでは無かったか。 指先が震える。 「ね、京香ちゃん。その人の髪型、どんなだった? 長めだった? 染めたりしてた? 」 違うことを願って反対のことを聞いたのに、京香は、ふるふると首を振った。 「長くも、染めてもいません。黒髪で短くて、爽やかな感じでした 」 それを聞いた途端、ガツンと頭を殴られた様な感覚に襲われる。 二海人だーーー。 こういう時の真祝の勘は良く働く。元々パズル関係は得意で、今迄、ピースを集めて導き出した答えは99.9%の確率で間違えることなど無かった。 その勘が、二海人だと言っている。 そんな訳はないと思いたかった。アイツの会社とは、全く別の駅だし、時間もそんな時間にそこに居たら、会社に間に合わない。 だけど、絶対に二海人だと思った。そんな男が、この世に二人も居てなるものか。
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