8.

6/25
前へ
/329ページ
次へ
言い返したいのに、言い返せない。それは、言われたことが事実だったからだ。 でも自分だって、本当に好きだった。愛していた、……いや、まだ愛している。 だけど央翔には、嵐柴 二海人の様に躊躇無く、あんなことは言えない。 「なぁ、久我さん」 二海人は、呼び掛ける様に央翔の名前を呼んだ。 「君は真祝の『運命の(つがい)』という部分だけを愛していたのか? 」 央翔の身体が揺れたのが、分かった。 「君の言う、真祝が君を信じさせたという期間、何年何ヵ月なのかは分からないけれど、君はアイツの側に居たんだろう? それだけの時間を一緒に過ごして、アイツの何を見てた? あの馬鹿が復讐とか、そんなこと計画出来る賢いヤツに見えたのか? 」 『馬鹿って、言うな! 』 ここにお前が居たなら、きっとそう言ったな。 真祝の声が聞こえた様な気がして、可笑しくなると同時に、心臓が捩れるみたいに軋んで痛む。 でも、馬鹿は文面通りの意味じゃない。こんな俺でも許すと言った、正真正銘のお人好しの馬鹿だから。 「第一、君は見たことないかも知れないが、発情期に(つがい)持ちのΩが他の相手に抱かれる時の拒絶反応は半端ない。それに耐えてまで、そんなことをするとは到底思えない。相手が知らない男だと言っていたのなら、もしかしたら…… 」 考えたくもない理由を口にすれば、ゾクリと背中に冷たいものが落ちる。それは、央翔も同じだったらしい。 「そんな…… 」 「考えられないことじゃない。知ってるだろ、アイツは実際、君と(つがい)になった後も襲われかけたことがある 」 「で、でも、真祝さんは常に避妊には気を付けていて、いつもピルを服用していました 」 央翔の何気ない言葉に胸の奥が焼け付く。Ωの発情を収めるのは(つがい)であるαの役目だ。分かっている、分かっていて尚、嫉妬に狂いそうになる。 央翔は知らない筈なのに、まるで拒絶反応を知っている自分への意趣返しをされているようだと思った。 落ち着け、今はそんなこと考えている時じゃないだろうと、二海人は(かぶり)を振る。 「じゃあ、何かの原因でそのピルが効かなかった、あるいは飲めなかったとしたら 」 「もしそうだったら、言ってくれれば良かったんです! 方法はいくらでも 」 「簡単に言ってくれるなよ。婚約者だったお前には、1番言えないことだろうが…… 」 いや、待て。 二海人はその時、もう1つの可能性に気付いた。突然黙ってしまった二海人を、央翔が不思議そうに見る。 「嵐柴さん? 」 飲めなかったのではなく、『飲まなかった』のだとしたら? 「おい、君が真祝と別れたのはいつだ? 」
/329ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2825人が本棚に入れています
本棚に追加