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「ばっ……!! 」
真祝は慌ててその手を払いのけると、立ち上がった。キョトンと見上げながらこっちを見る二海人が「あ、《お優しい》ってのもあったか 」と楽しそうに笑う。
トスッ……と、心臓に何かが刺さる音がした。
「こン……のっ、天然タラシがっ! お前がそんなんだから、勘違いしそうになんだよ! 」
「勘違いするようなこと、俺言ったか? 」
「とぼけるな! あの、あの…… 」
自分から口に出そうとすると、恥ずかしくなる。かぁっと、体温が上昇していくのが分かった。
「何だよ? 」
「手に入れるとか、我慢しないとか…… 」
俺のことだと思っちゃうじゃんか……。
ゴニョゴニョと言い淀みながら言うと、二海人が『あぁ……』という顔をした。
「それね……。みお、おいで 」
二海人は、素直に手を伸ばす海音を抱き上げると膝の上に乗せた。「可愛いなぁ 」と、柔らかい髪に口唇を寄せる。
「なぁ、みおの『み』は『海』って字なんだろ? 『お』は何? 」
「……っ?! 誰がそんなことっ 」
突如、思ってもいなかったことを聞かれて、真祝はギョッとした。話を逸らされたことなど気付きもせずに、聞かれたことにいっぱいいっぱいになってしまう。
海音の名前の由来なんて、誰にも言っていない。ただ、1人にしか……。
「み、お? 」
悪いことをしてしまったと思ったのか、海音がぎゅっと小さな手で二海人のシャツの胸元を掴む。
「誰だっていいよ。隠そうとしたって、もう分かってる。『海 』は、父親から貰った字なんだろう? 響きも同じだ、俺以外の誰が居るんだよ 」
当たり前の様に、事も無げに言われて、グッと言葉が詰まった。そんな、簡単に言って欲しくなんかない。俺がどんな覚悟でお前を諦めたのか、どんな気持ちで海音を孕んで、産んだのか。
「俺が、俺が1人で産んで、ここまで1人で育てた……っ 」
言いたいことは沢山あるのに、込み上げてくる喉の奥にある塊が痛くて声が出ない。
「お前なんか、にっ、分かるもんかっ!おれ、俺がっ 」
「うん、有り難う。ごめんな、1人で大変だったよな。なぁ、まほ 」
「謝って、欲しくなんか、ないっ。謝られたって、お前は、お前は……っ 」
俺のモノになんか、なってくれないんだから !
続く言葉を察したのか、ボロボロと涙を零す真祝の腕を引っ張って隣りに座らせると、二海人は優しく肩を抱き寄せた。そして、海音にしたみたいに髪に口付ける。
「お前が許してくれるなら、俺はずっとお前の側に居るよ 」
うぅ……と、声にならない声が口から漏れる。
「許す、って、も、言った。俺、あの時…… 」
ちゅっと、額に触れた口唇に、びくんと体が強張る。
「お前が可愛いよ、真祝。愛しくて堪らない 」
「う、そだ 」
「嘘じゃねぇよ 」
蟀谷に、頬にと下りてくるキスの音が徐々に湿度を増してゆく。
「おとさん、くらい 」と、海音の声が聞こえて、二海人が大きな手の平で海音を目隠ししていることが分かった。
「ふみ……」
「嘘じゃねぇから、これからは安心して俺だけを見てろ。……お前の1番得意なことだろ? 」
端正な顔に浮かんだ不遜な笑み。けれど、言い返そうと思った言葉は、重ねられた口付けに飲まれてしまう。
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