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風が吹いていた。びゅうびゅうと吹き荒ぶ風が波を高くする。
指先の感覚は、もう随分と前から無い。寒いならばこの場から去ればいいのに、動けないのは真っ黒な海が自分を呼んでいる気がするからだ。心の凍えは、いくら身体を暖めても収まらないと知っているからだ。
身体を冷やすことは、腹の子にも悪いことは分かっていた。けれど分かっていて、油断すれば引き込まれてしまいそうな暗闇から、目を離すことが出来なかった。
「何してるのっ?! 」
波の音をかき消す声に振り向く。
「アナタッ、馬鹿なこと考えてるんじゃないでしょうね?!」
「……っ?! 」
突然、知らない女の人に抱き付かれて足元がふらついた。
「ばか……っ、て……? 」
女の人の言葉を繰り返そうとして、初めて思う様に声が出せないことに気付く。カチカチと歯の根が合わない音に、身体が芯まで凍っていることに今気付いた。
感覚の無い足先が身体を支えられず、思わず女の人の腕にしがみつく。
「ごめ、なさ…… 」
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