小鳥の憂慮、或いは月の贖罪と錯誤。そして、あらゆる劣情。

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きっと、何の気なしに言った言葉だったのだろう。証拠に、「パパ、みおのオレンジー 」と子どもが無邪気に呼ぶ声に、「ハイハイ 」と言いながら、男が前を阻んでいた椅子を事も無げにヒョイと跨ぐのを見て、「……っ!! ひゃー、どんだけ足長いのよー 」と、はしゃいでいる。 知らないのだから、仕方がない。だけど、美貌のΩだと言うだけで、全てを手に入れられる様な言い方は間違っているし、彼らの経緯を知っていて、側で見てきているみすずとしてはそう思われるのはどうにも悔しい。 実際に、真実は奇なりで、真祝の可憐な美貌は見掛けだけで性格はまるっきり普通の男の子だ。あの男だってαではない。海音の天使の様な可愛らしさだけは本当だけど。 その時、海音がみすずに気付いた。 「みすーさん! 」 ぶんぶんと振る手に、みすずも小さく振り返す。真祝もみすずを見付けて嬉しそうに笑った。 それでもやはり、あの注目を浴びている絵の様な一画に、自分も入るにはとても勇気がいるなと、みすずは思った。 「真実は奇なり…… 」 ボソッとみすずが落とした言葉に、「ハイ? 」とコーヒーを啜る真祝が聞いた。 「コレ、旦那さんのだったのね? 」 トレーに置かれたままのクリームのたっぷり乗った苺のフラペチーノ。注文主は、みすずの飲み物をオーダーしに行っている。 先程の女の子達の方からは、『()せる 』だの、『尊い 』だの、言葉の端々(はしばし)が聞こえて来たが、みすずには何を言っているのかよく理解(わか)らない。 「あー、アイツ、甘党なんですよ。あっ、コラ、海音っ、そんなに一気に飲まないのっ 」 ぢゅうーとオレンジジュースを吸い上げた海音が咳き込むのを見て、「ほら、みろ 」とタオルを出しながら真祝が笑う。
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