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話したって、いつ? 俺が夕飯の用意をしてた時だろうか。一体何を話したのだろう?
「あぁ、そんな不安そうな顔をしないの。……もう、ほら 」
そう言うと、みすずが二海人の方へ肘を向ける。すると「すみません、 お言葉に甘えます 」と、二海人がみすずに頭を下げた。
「二海人っ! 」
「良かったな、海音 」
あっさりと承諾した二海人に驚いて名前を呼ぶ。けれど二海人は真祝の声が聞こえていないかの様に、わしゃわしゃと海音の頭を撫でた。
「うんっ! 」
「帰ってきたら、まほとパパに沢山楽しかった話を聞かせてくれよ? 」
「うんっ、たくさんするっ! いっぱいするっ! 」
両手を広げて、いっぱいを表現する海音に、真祝は何も言えなくなってしまう。
断る理由なんて、自分には何も思いつかない。
「よろしく、お願いします 」
言いながら、もしかしたら二海人は自分に話があるのかもと気付いた。
ずっと蟠っているのは、二海人がずっと好きだったという彼女のこと。
今もその彼女のことが好きで、自分と結婚はしたけれど、やっぱり大事なものはあげられないと言われるのかも知れない。それとも、もっと決定的なことを言われるのかも知れない。
考えれば考える程、蓄積された嫌な想像が頭の中を巡る。
でも、離婚は嫌だ。海音だって、こんなに懐いているっていうのに。
……いや、そうじゃない。心の中で自分の言葉に頭を振る。
俺が、嫌だ。俺が嫌なんだ。
好きと言ってくれなくたって、抱いてくれなくたって、側にさえ居られたらいい。
あぁ、もう、明日なんて来なきゃいいのに。
……幾らそう思っていても、朝はやって来る。
昨夜は色々なことを考え過ぎて、睡眠不足もいいところだ。
「それじゃあ、宜しくお願いします。みすずさん 」
「それじゃあ、夕飯は食べて帰ってくるけど心配しないでね 」
「海音も、みすずさんの言うこと、ちゃんと聞くんだぞ 」
「はいっ」と元気良く返事をする海音と目線を同じ高さにして、「気を付けてな 」と、柔らかな頬にキスをすると、海音もチュッと真祝の頬にキスを返す。
「ほら、パパにも 」
隣りに居た二海人の方を見て促せば、背伸びをした海音を二海人がひょいと抱き上げた。
きゃっきゃっと喜びながら、海音が二海人の頬にキスをする。すると、二海人がちゅっちゅっと頬やおでこにお返しをするから、海音がきゃあとまたはしゃいだ。
こんなに可愛がってるんだから、俺達のこと捨てるなんてことしないよな? 二海人。
「いってきまーしゅ! 」
「いってらっしゃい 」
チュッキーの耳の付いた帽子を被り、チュッキーのリュックを背負った海音とみすずが出掛けるのを見えなくなるまで見届けると、ポンと肩を叩かれた。
「家、入ろうか? 」
「……うん 」
二海人のマンションの部屋に戻ることが、こんなにも気持ちを重くするだなんて今迄真祝は思いもしなかった。
エレベーターを待つ時も、乗っている時も、会話は何もない。こういう状況になって初めて、海音の存在に助けられていたことを知る。
けれど、玄関の鍵を開けて部屋に入った時だった。
「な、なぁ、コーヒーでも飲むか? みすずさんが……?!」
居たたまれなくて二海人の顔を見ずに話し掛けた真祝は、後から入って来た二海人に突然後ろから抱き締められた。
ガチャンと背後でドアの閉まる音がした。
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