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嫌な記憶だ。
あの時、熱の籠った瞳を彼女からいくら向けられても何も感じなかった。逆に、好きだと態度で表されれば表される程、気持ちは冷えた。正直、夢見る子どもの相手をするのは疲れる。
それに、自分がそう仕向けたくせに、どうして名前も知らない男にここまで夢中になれるのかも不思議だった。自分を見ているのに、違う誰かを見ている感覚が気持ち悪かった。
だから思う様になったのだと思う。自分のことをαだと思い込み、運命だと信じているこの子に本当のことを明かしたらどんな顔をするのか見てみたい。βの自分など、彼女にとって無価値で必要のないもののだと分かっていたからだ。
元より罪悪感など欠片も無かったし、自分の計画さえ全う出来ればいいと思っていた。
優しく微笑んでやりながら、心の中では蔑み、嘲笑う。そして、その後必ず、自分はこんなに冷たい人間だったのかと自嘲した。
1番大切なものを守ること、それだけが自分の全てだった。
低くはっきりとした声で断言した二海人に、山本が目を瞠る。
「そうだな、お前結婚してるのにこういう冗談は言うもんじゃないな。海音くんもいるのにすまなかった 」
「悪い、俺もムキになった 」
「それにしても、お前、あの御曹司のこと嫌ってるよな? 」
「……アイツとは色々と因縁があるんだよ 」
ポリポリとバツが悪そうに頭を掻く山本に、二海人は否定しなかった。
「さぁ、海音。折角だから、美味しいもの沢山食べて帰ろう 」
「れもんの、ある?」
「そうだな、レモンタルトあるといいな 」
「じゃあ、お兄さんが先に見つけて全部食べちゃおう! 」
ふざけた山本に、「だめー! 」と海音が本気で怒る。
気まずくなった空気が解けた。それなのに、だ。
「来て頂けたんですね、ありがとうございます 」と、まさしくその因縁の相手の声が聞こえて、二海人の胸の内はまたガサついた。
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