小鳥の憂慮、或いは月の贖罪と錯誤。そして、あらゆる劣情。

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チラリと海音に流された視線。すぅっと、京香の顔が青ざめていくのが分かる。 「なん、の、冗談、ですか?」 「俺ね、βなんだよ。騙すつもりは無かったけど、わざと言わなかったんだし同じかな? 」 現れたおでこにちゅっとキスすると、悪びれなく二海人が言った。 「君も本当は気付いてるでしょ? 俺がαなら、君のフェロモンを浴びて普通で居られる訳がない。ラット起こして、今頃、頼まれなくたって(うなじ)噛んでるよ。……君を強制発情させたのは、間違いなく俺の子だ 」 「こど、も? 」 「あぁ、俺結婚してるんだよね 」 「う……、うそ 」 キラリと見せた左手の薬指に、京香が二海人から手を離し、フラリとその場に座り込む。 「嘘よ…… 」 「嘘じゃないよ 」 「だって、私、ずっと貴方のことが好きで、好きで、探して、忘れたいのに忘れられなくて、こんなに諦められないのは運命なんだって 」 「君は俺じゃない、俺の中のコイツを見ていたんだと思う 」 それでも認められないのか、認める訳にはいかないのか、京香が自分の体を抱き締めて叫んだ。 「それにっ、そんなに小さいのに、バース性が分かる筈ない……っ!! 」 「逆だ。君の言う通り、この歳で発情するなんて有り得ないんだよ 」 その有り得ないことが、実際に起こっているからだ。 大きな声に、海音が二海人の腕の中から、「おねぇさん、だれ?…… 」と小さな手を京香に伸ばした。 父親にそっくりな漆黒の瞳が、獲物を見付けて飴色に煌めく。途端、切ない痺れが京香の全身をビリビリと包んだ。 強くなる甘い芳香。京香を惹き付ける匂いは、確かにこの子どもから放たれている。 「分かるだろ? 君が呼んだんだ 」 「運命? こんな小さい子が? 私の? 」 無意識に差し出す手。二海人がしゃがみ、海音の伸ばした手が京香のそれに重なる。 「いくつ、なの? 」 「三歳(みっつ)だよ、京香さん 」 初めて名前を呼ばれて、この人は自分のことを知っていたんだなと京香は思った。不思議に思いながらも、少し前ならとても嬉しかったことなのに、今はこの子どもから目が離せない。 「私、二十歳(はたち)よ。幾つ年齢差があると…… 」 二海人がふっと、笑みを浮かべた。 「京香お嬢様が今迄誰にも汚されていなくて良かった。確か、運命の(つがい)に憧れていらっしゃいましたよね? 本当に運命と向き合う気があるなら、コイツが大人になるまで待っていて下さいますね? 」
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