月夜の小鳥は哀切な嘘をつく。1

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線路の向きが変わって、差し込む朝陽の角度も変わった。眩しさに思わず眉を寄せると、気付いた前の座席の若い女性が日除けを下ろしてくれた。 「ありがとうございます 」 微笑みながらお礼を言うと、その女性が「いいえ」と言いながらほんのりと頬を染めるのが分かる。 続けて何か話したそうな素振りを見せるが、真祝は知らない振りをした。 経験上こういうのをいちいち相手をしていたらキリがない。 けれどその時、真祝のよく知る甘い香りが、ぷんと鼻を突いた。 ーーーこんな、朝の混んでる通勤電車ん中でか? キョロキョロと車内を見回すと、直ぐに分かった。 ドア脇に立っている高校生くらいの女の子が手摺りにしがみ付くようにして立っている。顔色は真っ青だ。 あの子か……。 流石の真祝もこれは放ってはおけないと思った。 ちっ……と小さく舌打ちをすると、すみません、すみませんと、人を掻き分け女の子の側に向かう。 周りの人に嫌な顔をされながらも、やっと女の子の所に辿り着いた真祝は、背後から女の子を囲うように両手をドアについた。 ハッ……とした女の子が、青い顔を上げる。 窓ガラスに写った泣きそうな目と合って、真祝は安心させるように、けれど周りには聞かれないように優しく耳許に囁いた。 「大丈夫。まだ、そこまでキツくないから。 」 今始まったばかりだろう。 これくらいなら、まだ周りを狂わす程ではない。 「薬、持ってる? 」 ふるふると振られる小さな頭。 あまりの無防備さに半ば呆れながらも、仕方ないなと真祝は心の中で遅刻を決めた。 このまま放っておいてしまったら、この子がどんな目に合うか分からない。 「俺も降りるから、次の駅で一緒に降りよ? 」
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