由美子

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「教科書は? 今夜はどれがいい?」 私は古文の教科書を夫に見せた。 「ああ、これはね・・」 私に源氏物語を読み説いて聞かせる。 その横顔を見ながらうっとりと夫の声を聞いた。 小一時間ほどすると眠気が襲う。 「なんだ、眠いのか?」 夫がそう聞く頃には、私は彼に寄掛かってウトウトとし始める。 「由美ちゃん、こっちにおいで」 私はそのまま彼の腕の中にもぐり込む。 「凌さんごめんね・・眠くて」 「いいよ、朝も早かったんだろう? ゆっくりお休み」 夫はそう言うといつものように私の頭をなでた。 春になった。 テレビのニュースは満開の桜の下でお花見をする人達が写し出される。 夫の部屋からも隣りの家の桜が見えた。 「見て、綺麗・・」 障子を開けて彼の顔を覗く。 「本当だ、綺麗だね、でも桜並木を歩いたらもっと綺麗だぞ」 夫の言葉で思い出す。 私の通っていた高校の横の道にも桜並木があった。 「由美ちゃん、明日二人で花見をしようか?」 急に夫がそう言う。 「でも・・」 「大丈夫だ、僕に任せておいて。 それに他にも用が在るんだ」 彼はそう言うと悪戯っ子のように笑う。 「今日は気分もいい。 夕食は皆と食べるからと母さんに言っておいて」 そう言って微笑む。 「由美子さん、ちょっと」姑が私を呼ぶ。 「はあい、直ぐ行きます」 私が部屋を出ようとすると、彼が私の手を掴んだ。 「手が荒れてる・・」 そう言って私の手を自分の手で包む。 「由美子さん!」 「お母さんが呼んでるわ。 行かなきゃ・・」 「うん・・由美ちゃん・・ いや、いい・・行っておいで」 何か言いたそうな彼を部屋に残し私は姑の元に急いだ。 その日の夕食は楽しいものになった。 夫が食卓につくと姑は機嫌良くあれこれと夫の世話を焼いた。 食事が終わる頃、夫が姑に話し掛けた。 「母さん、明日の病院だけど検査があるから朝が早いし帰りも遅くなるよ」 夫がそう言うと彼の弟が嫌な顔をした。 「明日は僕、店番はできないよ。 卒論のテーマを決める為に教授を訪ねる事になってるんだ」 「あらそうなの? 困ったわね・・ 凌一を一人で行かせる訳にもいかないし・・ それって明後日にならないの?」 姑が弟の修次を見ながらそう言う。
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