第11章「帰らされた講師たち」 #2

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 数週間後彼は帰国した。  その日まで握手とガン見は続いた。そのたびに彼はいいようのないうしろめたさを感じているように見えた。  誰だ?  『怒らせると長く根にもつ危ないヤツ』 と思ってる読者は? その8「トーゴ人エンジニア」  ひょろりとしたトーゴ人エンジニアがやってきたのも、そのころだった。  彼はいつも不平不満をいっていた。 「自分は名誉アメリカ市民の称号をもらっている」 「自分は尊敬されるべき人間であり、ここにいるべきではない」 「自分はフランスに残した仕事がある」 とにかく不満らしい。そんなに不満だったら、なぜここにきたのか、よくわからない。 「帰ったら?」 とぼくは何度もいいそうになった。  彼は交渉を有利にもっていくため、自分の価値を上げようと見せているらしい。講師は全員ここにくる前に契約はすませ、サインをしている。彼がそんなことをしても、何の得にもならない。  立ち食いそばでたとえると、こうだ。  食券ですでに月見そばを頼んだのに、あとから店員が 「天ぷらそばに替えませんか!」 といわれてる状態。客はもうお金を払わないよ。  社会を知らず、学業成績のみが人生の価値でそれを鼻にかけている感じだ。  しかしこの仕事には、最先端の知識やエリート意識は必要ない。  ある昼食時。  彼が契約担当者と話しているのを見た。相変わらず不満たらたらだ。 「自分は他でやるべき仕事がある」 といつもの調子でしゃべっている。担当者はそれにこう答えた。 「ここでの契約と仕事以上に大事なものとは、何があるというんだね? まあ、ゆっくり考えてみたまえ」  結局相手にしなかった。それから何週間もたたないうちに、彼はフランスに帰国した。  帰ったのか、帰されたのかはよくわからない。 その9「ムッシュ・ニオ」  そのころはいちいち気にしていられないほど、入れ替わり立ち替わり新人講師がきては去っていった。   そのころやってきた中に、典型的フランス人といえる電気技師がいた。  名前は、ムッシュ・ニオ。  年のころは40歳前後。頭の真ん中がはげている。話しかたは普通だが、外国人を極端に警戒する。自分と同じフランス人しか相手にしない。たぶんフランスから出て外国で働くのは、これが初めてだろう。ましてアルジェリア人や日本人と仕事をした経験は、100%ないはずだ。
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