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第11章「帰らされた講師たち」 #2
気分は特殊潜航艇だ。
やがてベルギー人講師の背中側に回った。彼は戦勝気分なのか、口にタバコをくわえ、ライターで火を点けようとしている。
ぼくはイスの足元を抱え込んだ。
イスの下の部分は、4つに分かれていて十字のような形をしている。
「せーの、えい!」
イスの4つある脚の一つを勢いよく持ち上げ、傾けた。
イスは車輪付き。
50度以上傾くと、バランスをくずしひっくり返る。当然その上に座っていた彼も、勢いよく倒れた。
「う?、痛い!」
彼はでかい分、動作がにぶい。ぼくはすかさずイスを取り戻した。
「う?、熱い!」
どうやらライターの火で、どこかをヤケドしたようだ。 早く水で冷やしたほうがいい。
しかし彼は洗面所に向かうより、ぼくに向かってきた。
彼は立ち上がった。
イスからぼくをはがそうとした。
でもぼくは後ろ向きに座っている。
背もたれを両腕で抱きついている。両足はイスの十字脚にからみつけてある。絶対離れない。
「う?、許せんぞ! ヤケドまでさせやがって」
ヤケドは、自分のライターを押し付けたんだろ。早く洗面所にいって、ヤケドを冷やしてこい! ついでに頭も冷やしてこい!
彼は、ついにイスごと持ち上げた。
ぼくの背中が、もう少しで天井に当たりそうになる。その高さからぼくを頭から床にぶつけて、大けがさせるつもりだ。リョウイチ絶体絶命!
ここでみんなが割って入った。
「まあ、まあ、まあ」
「こっちに座ったら?」
別の者が、彼に他のイスをすすめた。それで一段落した。その間わずか1、2分のことである。
あとでムッシュ・ガリッグがぼくにいった。
「お前さんを守るために何かしようと思ったが、それ以上に君はうまくやったよ。あれで良い」
ささいなことだったけど、この事件でぼくを見るみんなの目が変わった。
親しくない人は、廊下ですれ違うときに避けて歩くようになった。きっとぼくを、空手や柔道の有段者と勘違いしたに違いない。
まさか『怒らせるとキレる危ないヤツ』と、レッテルを貼ったわけではないよな?
職員室は毎朝あいさつで始まり、握手し合う。
あの事件後も、ぼくはみんなに握手した。あのベルギー人とも毎日握手をおこなった。ぼくは笑顔で手を差し出し、彼の目をじっと見る。彼はぼくの視線をそらしながら一応握手を返す。
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