第26章「モロッコ入国できず(前編)」 #2

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決意を固めると、パリの事務所に連絡することにした。 「もしもし」 「その声はムッシュ・ナガオか」 「もしかしてジャン?」  その時電話を受けたのは、あのジャン・ジャックだった。今は、パリ事務所の採用担当部署に戻っているらしい。  彼は少しイライラした調子で、こう告げた。 「ムッシュ、みんな君の帰りを待っているんだぞ」 「本当かい?」 「そりゃそうさ。ガリッグもヤイもアミエルもニオもフォールも待っている。パリで、わたしもヤエルも心配している。もし問題が長引くようなら、自分だけでも飛行機でアルジェリアにいったらどうだね? 車を残して」  電話を切ったあと、ぼくは安心した。 「忘れられてないんだ。まだぼくには待ってくれる人たちがいる。帰れるところがあるんだ。こんなにうれしいことはない……」  そのとき、日本で自分がした行為を思い出した。  そういえばぼくは、祖母の初七日も待たずに東京へいった。マユミのことで頭がいっぱいで、完全におばあちゃんを忘れていた。  かわいがってくれた人に、なんてバチ当たりなことをしてしまったんだろう。  そういえば、モロッコの国境で不思議な単語を聞いた。 『モラル的入国許可証』  あの時は幻聴かと聞き流していた。  よく考えると、自分はモラル的に入国を許されない気がする。もしかするとあれは、係官の口を借りて伝えた神のことばだったのではないだろうか。   おばあちゃんは許しても、日本の八百万(やおよろず)の神は許さない。  このはるか中東の地で、天罰が下ったんだ。そうでなければ、これだけの苦難が連続して起こるはずがない。  ふだんぼくは、霊や神などオカルト的なものはバカにして信じてなかった。しかしさすがにこの時ばかりは、そういうものの存在を感じた。深く反省した。  ぼくは部屋からバルコニーに出た。日本の方角を確かめ、ひざまずいた。手を合わせ、ぼくは祈った。 「おばあちゃん、ごめんなさい。許してください。今度日本に戻ったら、必ず墓参りをします。ですから、どうか明日は国境を越えさせてください」
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