0人が本棚に入れています
本棚に追加
決意を固めると、パリの事務所に連絡することにした。
「もしもし」
「その声はムッシュ・ナガオか」
「もしかしてジャン?」
その時電話を受けたのは、あのジャン・ジャックだった。今は、パリ事務所の採用担当部署に戻っているらしい。
彼は少しイライラした調子で、こう告げた。
「ムッシュ、みんな君の帰りを待っているんだぞ」
「本当かい?」
「そりゃそうさ。ガリッグもヤイもアミエルもニオもフォールも待っている。パリで、わたしもヤエルも心配している。もし問題が長引くようなら、自分だけでも飛行機でアルジェリアにいったらどうだね? 車を残して」
電話を切ったあと、ぼくは安心した。
「忘れられてないんだ。まだぼくには待ってくれる人たちがいる。帰れるところがあるんだ。こんなにうれしいことはない……」
そのとき、日本で自分がした行為を思い出した。
そういえばぼくは、祖母の初七日も待たずに東京へいった。マユミのことで頭がいっぱいで、完全におばあちゃんを忘れていた。
かわいがってくれた人に、なんてバチ当たりなことをしてしまったんだろう。
そういえば、モロッコの国境で不思議な単語を聞いた。
『モラル的入国許可証』
あの時は幻聴かと聞き流していた。
よく考えると、自分はモラル的に入国を許されない気がする。もしかするとあれは、係官の口を借りて伝えた神のことばだったのではないだろうか。
おばあちゃんは許しても、日本の八百万(やおよろず)の神は許さない。
このはるか中東の地で、天罰が下ったんだ。そうでなければ、これだけの苦難が連続して起こるはずがない。
ふだんぼくは、霊や神などオカルト的なものはバカにして信じてなかった。しかしさすがにこの時ばかりは、そういうものの存在を感じた。深く反省した。
ぼくは部屋からバルコニーに出た。日本の方角を確かめ、ひざまずいた。手を合わせ、ぼくは祈った。
「おばあちゃん、ごめんなさい。許してください。今度日本に戻ったら、必ず墓参りをします。ですから、どうか明日は国境を越えさせてください」
最初のコメントを投稿しよう!