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第26章「モロッコ入国できず(前編)」 #2
電話をかけてキーを打つと相手の端末に文字が出る。具体的には紙テープにあいた穴の列から、文字を読む。ファックスが世に出る前に使われていた。とくにヨーロッパでは普及していた。
「念のため、その写しをもらって帰ります」
「いいですよ。ところで、どこへ帰るんです? ラバトに知り合いが住んでいるんですか?」
「帰るといっても、ラバトにそんな場所はないです。セウタまで戻らなければなりません…」
そのとき初めて気づいた。
お金はすでに底をついている。バス代はおろか、昼飯代すらもない。またヒッチハイクか……。
ぼくは、しばらく黙ったまま立ち往生していた。
事務員は事情を察したのか、こういってくれた。
「よかったら、お金をお貸ししますよ」
確か日本円で5万円くらいを借りた。このときほど、日本大使館のありがたみを感じたことはない。
大使館を出るとすぐにレストランを捜した。まともな食事ができたのは、3日ぶりだ。
食べ終わると、今度はバスターミナルへ。
セウタゆきのバスの切符を購入する。帰りのバスの中で、今までの旅程を思い返してみた。
アルジェリアのオランからトゥルーズ、ポーといって、パリ、ロンドン。先輩の家に着いた。
そして電話をかけて、すぐ日本に帰国。
長崎から東京に寄って、ロンドン、パリ、ポー。
新車に荷物を乗せてフランス、アンドラ。スペイン。
海峡を渡ってセウタ。ヒッチハイクしてバスに乗って、モロッコのラバトへ。そしてまたセウタ……。
目まぐるしい移動に、もうヘトヘトに疲れた。しかし、まだ終わっていない。いやこれからが大事だ。
その6「再びセウタへ」
セウタの宿に戻ると、すぐに国境の通行所に向かった。
「ラバトからカサブランカの事務所にテレックスを送りました。こちらに連絡はありませんでしたか?」
「そんな連絡は受けておらん」
テレックスの写しを見せたが、効果なし。結局、往復700キロ以上の距離をかけて帰ってきても、対応はまったく変わらなかった。
とりあえず荷物を預けていたホテルに泊まる。ガレージに回って車を確認した。無事でほっとした。
部屋に入り、シャワーを浴びる。久しぶりにベッドで横になった。天井を見つめながら、つぶやいた。
「いよいよ明日最後の試みだ。それでダメならスペインに戻るしかない……。」
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