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第36章「スペイン領メリリャ」 #2
「セニョール、費用は6000ペセタだ」
「なんだと! 被害者はぼくだ。なんでぼくが払う必要があるんだ?」
さきほどの50歳過ぎの蛭子能収似の作業員が、またくり返す。
「アユダ、ソラメンテ。アユダ、ソラメンテ」
納得できないが、この貧相な作業員をこれ以上責めるのは気が引けた。とはいえ、6000ペセタは高い。
首を傾げながら、財布から半額の3000ペセタだけ出す。
蛭子能収似の作業員が、奪い取るようにすぐさま受け取った。無言でリーダーを見つめる。
「これでいいことに、しておきましょうよ」
という表情で。
リーダーは不服そうだったが、ぼくに車のキーを渡してくれた。
その6「帰路」
もう、メリリャ市内をドライブする時間はない。
工場を出ると、まっすぐ国境に向かう。
「新車にプラスチックの窓なんて、かっこ悪いだろうな」
と不安だったが、実際にはガラスと見た目は変わらない。
ながめる光景も、そう悪くない。
「これなら割れないし、窓は全部プラスチックにすればいいのに」
とまで考えた。
ただし、困った点も見つかった。
太陽の光が少しキラキラする。これではフロントガラスに使えない。それと、窓が開かないのには参った。
やがて国境を越え、モロッコに再入国。
地中海を左手に見ながら、ナドール、ゾンアンダストリエルの町を南下。
途中で東へと進路を変えた。エイアイオウン、ナイマと通り過ぎ、最東端の町ウジュダに着く。
ここから先は、アルジェリアとの国境があるだけだ。
再入国する前に、腹ごしらえをしたくなった。
とはいっても、レストランに入る時間もお金もない。
車中で食べられる物を探すため、町を周回する。くだもの屋の前で、めずらしいフルーツと野菜を見かけた。アルジェリアには売ってない。
ひとつは、バナナだ。
なぜかアルジェリアでは輸入禁止。
別にぼくはバナナ好きじゃない。ぼくの子どものころ、バナナはぜいたく品だった。でもわが家では、おやつ代わりに食べていた。坊ちゃん育ちだからね。その分昔からそんなに食べたいと思わない。
それでもアルジェリアに帰ればもう食べられないと思うと、むしょうに食べたくなった。ひとふさ買って帰る。
もうひとつは、アボカド。
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