第1章

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香里はあっさりと応えた。 「いや、僕は結婚のことを言ってるんじゃないんだよ」 「えっ、じゃあ、なんのこと」 「薬のことさ」 「ああ、Lのことね」 「うん、そう、どう思う」 「人の話を聞いてるだけじゃ分らないけど、でも、あの二人の様子を見てるとなんだかよさそうね」 「そうだな、どんな感じになるのかさっぱり分らないけどね」 「でも、あの幸せそうな顔を見てると羨ましくなっちゃったわ」 そう言って、香里は池永の眼を見つめた。 「そうか、香里もそう感じたのか」 「もう、試してみるほかなさそうね」 コーヒーをひと口飲んで、香里がいたずらっぽい眼で言った。 「本気かい」 池永が香里の眼を見て返した。 「もちろんよ」 香里は肩をすくめて応えた。 土曜の午後のコーヒーショップは大勢の客で賑わい、打明け話や噂話や笑い声で満ちていた。  その夜、池永は自室でパソコンに向かっていた。アメリカの製薬メーカーのウェブサイトを検索すると、数社のメーカーがL‐エクスピダイトの通信販売を行っていた。 彼は最大手のフェイザー・メディカルのウェブサイトから注文することにし、住所、氏名、数量など必要な情報をインプットした。決済はクレジットカードのみが可能だったので、カードナンバーを打込み、最後に「注文する」をクリックした。すると、直ちに「受注を完了しました」と画面に表示された。 「これで僕もLの愛用者か」 窓の外に響く電車のレール音を聞きながら、彼は呟いた。  池永が朝、出社すると廊下で間山とであった。 「おはよう、どうだい、うまくいってるのか」 池永は軽い気持ちで訊いた。 「えっ、なにがですか」 間山はきょとんとした顔で返した。 「なにがって、彼女さ」 「なんだ、そのことですか。彼女とはもう別れました」 間山はにこやかに応えた。 「えっ、別れたって」 池永は間山の予想しない返答に戸惑った。 「ええ、先週別れました」 「しかし、どうしてだ。あんなに好きあっていたじゃないか」 腑に落ちない池永は語気を強めた。 「ええ、そうだったんですが・・・」 間山は言葉を詰まらせた。 「一体、どうしたというんだ」 池永はさらに間山を問い詰めた。 「それが、その、別のいい人が現れて・・・」 間山は屈託のない笑顔で応えた。
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