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香里はあっさりと応えた。
「いや、僕は結婚のことを言ってるんじゃないんだよ」
「えっ、じゃあ、なんのこと」
「薬のことさ」
「ああ、Lのことね」
「うん、そう、どう思う」
「人の話を聞いてるだけじゃ分らないけど、でも、あの二人の様子を見てるとなんだかよさそうね」
「そうだな、どんな感じになるのかさっぱり分らないけどね」
「でも、あの幸せそうな顔を見てると羨ましくなっちゃったわ」
そう言って、香里は池永の眼を見つめた。
「そうか、香里もそう感じたのか」
「もう、試してみるほかなさそうね」
コーヒーをひと口飲んで、香里がいたずらっぽい眼で言った。
「本気かい」
池永が香里の眼を見て返した。
「もちろんよ」
香里は肩をすくめて応えた。
土曜の午後のコーヒーショップは大勢の客で賑わい、打明け話や噂話や笑い声で満ちていた。
その夜、池永は自室でパソコンに向かっていた。アメリカの製薬メーカーのウェブサイトを検索すると、数社のメーカーがL‐エクスピダイトの通信販売を行っていた。
彼は最大手のフェイザー・メディカルのウェブサイトから注文することにし、住所、氏名、数量など必要な情報をインプットした。決済はクレジットカードのみが可能だったので、カードナンバーを打込み、最後に「注文する」をクリックした。すると、直ちに「受注を完了しました」と画面に表示された。
「これで僕もLの愛用者か」
窓の外に響く電車のレール音を聞きながら、彼は呟いた。
池永が朝、出社すると廊下で間山とであった。
「おはよう、どうだい、うまくいってるのか」
池永は軽い気持ちで訊いた。
「えっ、なにがですか」
間山はきょとんとした顔で返した。
「なにがって、彼女さ」
「なんだ、そのことですか。彼女とはもう別れました」
間山はにこやかに応えた。
「えっ、別れたって」
池永は間山の予想しない返答に戸惑った。
「ええ、先週別れました」
「しかし、どうしてだ。あんなに好きあっていたじゃないか」
腑に落ちない池永は語気を強めた。
「ええ、そうだったんですが・・・」
間山は言葉を詰まらせた。
「一体、どうしたというんだ」
池永はさらに間山を問い詰めた。
「それが、その、別のいい人が現れて・・・」
間山は屈託のない笑顔で応えた。
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