第1章

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下弦が斎藤へ向きなおって言った。 「もちろん、そうです」 斎藤が一言応えた。 「国内の製薬会社では生産していませんよね」 下弦がたたみかけるように訊いた。 「聞いたことありません」 斎藤はまた短く応えた。 「そうしますと、いま国内で出まわっているものはすべて法律に違反しているということですか」 「そういうことになりますね」 斎藤はうんざりした表情で応えた。 「この医薬品が副作用をおこすとか、身体に有害である可能性がありますね」 「成分が未知ですから、なんとも言えませんが、そりゃ可能性はあります」 「成分分析はどうなっているんでしょうか」 「いま厚生労働省で必死にやってますよ。もっともアメリカのFDAではすでに分析が終わっているでしょう」 「えっ、FDAというのは?」 「食品医薬品庁のことですよ」 斎藤は、キャスターのくせにそんなことも知らないのか、という顔で応えた。 「厚労省での分析が終われば、国内で承認されることはあるでしょうか」 「ドーパミンやセロトニン系に影響する物質が無害とは考えにくいので、承認は難しいでしょう」 「そうしますと、分析が終わったアメリカでも承認されることはないとお考えですか」 「ないでしょう」 斎藤は、いい加減にしてほしい、という表情で応えた。 「それでは、いま出まわっているL‐エクスピダイトは、もっとちゃんと取締りしないといけないと思いますが、いかがでしょうか」 「そりゃそうですが、私は知りませんよ。厚労省と税関の仕事でしょう」 斎藤は一段と不機嫌に応えた。 一瞬、スタジオが凍りついた。下弦は斎藤の強い口調に押され、ちょっと眼を?いたあと、慌ててエンディングへ入った。 「今回はL‐エクスピダイトの現状についてレポートしました。次回はこの医薬品に対する法的規制と対策について議論を進めたいと思います。斎藤さん、今日はどうもありがとうございました」 「・・・・」  一か月後、ニューヨークタイムズの電子版に衝撃的な記事が掲載 された。 「FDA、L‐エクスピダイトを承認へ。大手製薬メーカーのフェイザーは生産準備に入る」 このニュースは世界の製薬メーカーに少なからず動揺を与えた。アメリカの当局が、得体の知れないこの医薬品を承認するとは誰も予想していなかった。 斎藤教授の予測は見事にはずれた。
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