第1章

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「そういえば、私も徹のことを急に意識するようになって、初めて誘われた時も断れなくてデートしたんです」 大川も機嫌よく応えた。 二人はこのうえなく幸せといった風情で、池永と香里は甘い花の薫に満ちた春風に包まれる思いがした。 「いきなり恋が芽生えたってことなの」 しばらくうっとりと二人を見つめていた香里が訊いた。 「ええ、まあ、そういうことですね」 間山が優しい笑顔で応えた。 「私もそうなんです。徹のことがなんだか好きになってしまって、誘われると断れないんです」 大川も微笑をみせて言った。 「そうなのか。それは素晴らしいことだけど、なにか副作用はないのか」 池永が眉をひそめて訊いた。 「べつにまずいことはありませんが」 間山が応えた。 「ええ、副作用なんかありませんよ」 大川も続いて応えた。 「そう、それならいいんだけど」 池永は拍子抜けして応えた。 「まあ、素敵。なんの害もなく恋が生れるなんて」 そう言った香里の眼は輝いていた。 彼女は視線を池永に向けた。 「それじゃ、君たちは結婚するんだろ」 視線を感じた池永が訊いた。 「いえ、結婚は考えていません」 間山が即座に応えた。 「えっ、どうして」 香里が訊いた。 「結婚するより恋愛関係のほうがいいと思うんです」 間山が大川に視線をやりながら言った。 「ええ、私もそう思います。恋愛関係のほうがいいんじゃないかって」 大川も間山の顔をみて言った。 「それに・・・」 間山が言葉を継ごうとして口ごもった。 「それに、なんだい」 池永がすかさず訊いた。 「い、いえ、なんでもありません」 池永も香里もなぜ恋愛関係がいいのか、また間山が口ごもった理由も分らなかった。 池永が時計を見ると、もう十一時を過ぎていた。テーブルには、彼らの話を聞いているように、空になった赤と白のワインボトルが二本並んでいた。  自宅へ帰る東横線に揺られながら、池永は間山たちとの話を思い返していた。 〈やっぱり、彼らみたいなカップルが増えているんだ。Lも簡単に手に入る。ああいうカップルはこれからどんどん増えるだろう。そうすると、これからの世の中は・・・〉 酔いに痺れた池永の頭では、それ以上思考を続けることはできなかった。  池永と香里は渋谷のコーヒーショップにいた。 「間山たちの話をどう思う」 池永がコーヒーカップを口に運びながら訊いた。 「ちょっと驚いたけど、あの二人はまだ若いし、いいんじゃない」
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