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「こんばんは。」 ちょうど、柊平と夜魅が四畳半に戻ってきたのと同時だった。 店の戸を叩く人影が映る。 「お客さん、か?」 聞き慣れない声に、柊平は夜魅を見る。 「おかしいな。」 夜魅は、何か予想外の声だったようで、首を傾げている。 「開けてもいいのか?」 すりガラスから明かりが見えているだろう。 居留守は通用しない古い家だ。 「ちょっと待って。予約と違う。」 夜魅はそう言うと、店の入口まで言って声を掛けた。 「悠真はどうしたの。」 店には自分一人しかいない。 しゃべる猫の後ろ姿を見ながら、柊平は戸を開けた時の言い訳を考える。 が、どうやらそれは不要そうだとすぐに知る。 「化け猫が馴れ馴れしぃに、うちの主を呼び捨てにせんといてんか。」 戸の向こうに映っていた影はそう悪態をつくと、ぐにゃりと曲がって何やらケモノの姿になった。 「予約した本人が居ないのは誓約違反だよ。」 夜魅は驚きもせずに続ける。 「悠真の使いや。百鬼呼んできてくれゆーてる。」 夜魅が舌打ちするのが聞こえた。 「今日は壮大朗じゃないから、そういうのはなしの約束でしょ。」 「知るか。こっちもそのつもりやったわい。それにしても、百鬼の若さんはそないに役立たずかいな。」 どうやら自分のことを言われているようだと気付いた柊平は、夜魅の近くにしゃがみこんだ。 「夜魅、誰と話してるんだ?」 「犬だよ。」 戸の外を威嚇しながら言う。 「ハルマって誰だ?」 「今夜のお客を連れてくるはずだった常連さん。」 柊平は一考してから、おもむろに立ち上がり鍵を開ける。 「ちょっと、柊平!」 「その常連さんの犬なんだろ?」 「そうだけど。」 夜魅はムスッとしたまま答える。 ガラガラと建て付けの悪くなった引き戸を開けると、柴犬によく似た真っ白の犬が1匹、不機嫌そうに座っていた。
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