第9章「数ヶ月後の授業」

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「ムッシュ、今度いつ日本に帰るんだ? 帰るときにはいってくれ。ちょっと買ってきてもらいたいものがあるんだ」 といって、購入リストを渡された。  A4用紙いっぱいに細かい文字が書かれている。 「どこがちょっとだ、こんなに買えというのか。まずスーツケースを5つは買う必要があるぞ」 と内心腹が立った。  しばらくは帰国する予定もなかったし、無視していた。  またある時、こう頼んできた。 「ムッシュ、あんたのラジカセ売ってくれないか。まあ安くしてくれよ。ここの給料なんて雀の涙ほど少ないんだから」 そのとき彼が発した言葉、 「セ・ラ・ミゼール(非常に少ない)」 が非常に印象的だった。彼の貧乏人根性が染み付いた、ぴったりの表現だ。  ぼくはついマネして、からかってしまった。 「セ・ラ・ミゼール、セ・ラ・ミゼール、セ・ラ・ミゼール!」  彼は、このことを相当根にもったらしい。 その3「突然の襲撃」  ある日のこと。  きょうの授業は、生徒も素直に聞いている。  時限半ばで一段落ついたし、5分ほど休憩を取ることにした。ぼくは窓際でのんびり外の景色を眺めていた。  校庭で誰かが急いで駆け出して、校舎の中に入ったのが見えた。  いきなり戸口がガラッと開いた。  例の担当者がその上司を連れてきた。 「そうか、さっき校舎に入っていったのは、担当者だ。窓際に立っていたのを見て、告げ口にいったんだ」 とぼくが気づいたときは、もう遅かった。 「教師自ら授業をさぼっていると聞いたが…」 という上司。いかつい顔つき。背が低く、がっしりした体つきの持ち主だ。  「これはもう強制帰国ですよね!」 と手もみしながら、上司にお伺いを立てる担当者。上司より背がだいぶ高いので、腰をかがめて頭の高さを合わせている。  横から見ると、アルファベットのDみたい。  まさに、ディーこぼこコンビだ。  ぼくだけでなく、生徒たちも憤慨した。 「ムッシュは授業中に休憩時間を与えてくれる、いい先生だ、何ひとつ悪くないのに…」 と同情してくれたらしい。彼らは、次々とフォローしてくれた。 「日本では適度に休憩を取ることが、学力アップにつながるそうなんです」 「禅の思想です。心を一度無にすることが、次の飛躍につながるんです」 「だからあの国は戦争に負けて一度無になって、そこからあんなに発展したんですよ」
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