第9章「数ヶ月後の授業」

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「黒沢映画の侍たちが強盗集団に勝ったのも、禅の力です」  口々に自分たちの知っている日本の知識を並べた。以前生徒と宗教論を戦わせたとき、少し禅のことを語った。あれが、こんなときに役立つとは。  さすがのいかつい上司も二の句が継げず、すごすごと教室を後にした。担当者も舌打ちしながら、腰ぎんちゃくのようにくっついて出ていった。  その日、職員室でムッシュ・ガリッグと顔を合わせた。ぼくはきょう会ったことを彼に話した。すると彼は 「ムッシュ・ナガオ、他の教師たちも彼らには困っている。 しかし私から、止めろとはいえない。そうだ、これから授業中は教室に鍵をかけるようにしたら?」 とアドバイスをくれた。 その4「第2の襲撃」  アメリカもソビエト(現在のロシア)も、ナチスドイツに対抗するため手を組んだ。仲の悪い嫁と姑も、酒癖のひどい暴力亭主には共同戦線を張る。 あのころのぼくと生徒たちも、そうだった。  次の日から、必ず授業中は鍵をかけるようになった。担当者たちがきてドアを叩く。 「ドンドン、ドンドン」  ぼくは鍵を開ける前に、寝ている生徒を起こす。 「ムッシュ、おれは家事で疲れて…」 と、普段なら言い訳して起きようとしない生徒も 「おい、あいつらがきた」 と告げるやいなや 「ムッシュ、わかった!」 と背筋を伸ばし、しゃきっとした姿勢で机に向かう。いつもこうしてくれるといいんだが。  あたかも授業の真っ最中といった状況になったら、緊張感をもって鍵を開ける。 「さあ、どうぞ」 とぼくは笑顔で彼らを迎え入れる。外では待たされ、ふてくされた顔をしたふたりが立っていた。  教室を見渡して何1つ指摘する所がないことがわかると、 上司は苦々しい顔つきで教室を立ち去ろうとする。  帰り際、若い担当者は黒板のほうを振り向いた。その日は、2行ほど数式を書いただけだった。彼はすかさず上司を呼び止め、告げ口する。 「黒板の文字がこんなに少ないですよ。本当に授業をしてたんでしょうかねえ?」 上司は黒板をちらりと見た。 「きょうはもういい。帰るぞ」 どうやら化学の知識が乏しいらしい。指摘しづらかったようだ。 その5「第3の襲撃」   別の日、こんなこともあった。  また担当者たちがきてドアを叩く。 「ドンドン、ドンドン」
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