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「黒沢映画の侍たちが強盗集団に勝ったのも、禅の力です」
口々に自分たちの知っている日本の知識を並べた。以前生徒と宗教論を戦わせたとき、少し禅のことを語った。あれが、こんなときに役立つとは。
さすがのいかつい上司も二の句が継げず、すごすごと教室を後にした。担当者も舌打ちしながら、腰ぎんちゃくのようにくっついて出ていった。
その日、職員室でムッシュ・ガリッグと顔を合わせた。ぼくはきょう会ったことを彼に話した。すると彼は
「ムッシュ・ナガオ、他の教師たちも彼らには困っている。
しかし私から、止めろとはいえない。そうだ、これから授業中は教室に鍵をかけるようにしたら?」
とアドバイスをくれた。
その4「第2の襲撃」
アメリカもソビエト(現在のロシア)も、ナチスドイツに対抗するため手を組んだ。仲の悪い嫁と姑も、酒癖のひどい暴力亭主には共同戦線を張る。
あのころのぼくと生徒たちも、そうだった。
次の日から、必ず授業中は鍵をかけるようになった。担当者たちがきてドアを叩く。
「ドンドン、ドンドン」
ぼくは鍵を開ける前に、寝ている生徒を起こす。
「ムッシュ、おれは家事で疲れて…」
と、普段なら言い訳して起きようとしない生徒も
「おい、あいつらがきた」
と告げるやいなや
「ムッシュ、わかった!」
と背筋を伸ばし、しゃきっとした姿勢で机に向かう。いつもこうしてくれるといいんだが。
あたかも授業の真っ最中といった状況になったら、緊張感をもって鍵を開ける。
「さあ、どうぞ」
とぼくは笑顔で彼らを迎え入れる。外では待たされ、ふてくされた顔をしたふたりが立っていた。
教室を見渡して何1つ指摘する所がないことがわかると、
上司は苦々しい顔つきで教室を立ち去ろうとする。
帰り際、若い担当者は黒板のほうを振り向いた。その日は、2行ほど数式を書いただけだった。彼はすかさず上司を呼び止め、告げ口する。
「黒板の文字がこんなに少ないですよ。本当に授業をしてたんでしょうかねえ?」
上司は黒板をちらりと見た。
「きょうはもういい。帰るぞ」
どうやら化学の知識が乏しいらしい。指摘しづらかったようだ。
その5「第3の襲撃」
別の日、こんなこともあった。
また担当者たちがきてドアを叩く。
「ドンドン、ドンドン」
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