1人が本棚に入れています
本棚に追加
ぼくは鍵を開ける前に寝ている生徒を起こす。これで準備完了、鍵を開けようとした瞬間、生徒の一人がぼくを呼び止めた。
「ムッシュ、黒板に一文字も書かれていない!」
ぼくはあわてて黒板に数式や化学記号を書き始めた。
「ドンドン、ドンドン」
担当者が急がせる。
「まだか、早く開けないと強制帰国だぞ!」
何人かの生徒たちが教壇に駆け上がった。
「ムッシュ、おれにも書かせてくれ」
「おれのほうがきれいな字を書く。おれにも書かせろ」
「おれのほうが書くのが早い。おれも書く」
たちまち黒板は文字で埋まった。
「さあ、どうぞ」
ようやくぼくは笑顔で彼らを迎え入れた。相当待たされたふたりは、すでに怒りが表情に現れている。
彼らは黒板を見渡した。
よく見ると、それぞれの数式や記号につながりがない。
しかし上司にはそれがわからない。若い担当者は理解しているので、
「ここは蒸留についての公式、この化学記号はメタン、エタンプロパン…。おかしいですね、関連性がありません」
と痛い所を突いてくる。上司は黙ったままだ。担当者が急かせた。
「どう思われます? さあ早く何かご意見を」
上司の顔が真っ赤になった。しかし、これはぼくへの怒りでなかった。
「もういい! 今まで何度この教室にきた? そのたびにムダ足になった。まずお前を強制帰国させたい!」
といって教室を飛び出していった。
後から担当者が追いかける。
「強制帰国ですって? ワタシはアルジェリア人ですよ?」
その6「ポケットの中のGPL」
最初のころは受難続きでも、数ヶ月たつとだんだん生徒の興味をひく方法がつかめてくる。ぼくにも教師の面白さが少し分かってきた。
ある授業で、ぼくが生徒たちにこんな質問をした。
「さてここではジャンボGPLといっているが、GPLとはか知ってるか?」
一同黙ったままだ。
「じゃあそれを見た者もいないな?」
「……」
「おいおい嘘をついちゃあいかんぞ」
「ムッシュ、おれたちは確かに無知かもしらんが、嘘つきではないぞ」
他の生徒も怒りだす。
「そうだそうだ、いい過ぎだ。いっていいことと悪いことがあるぞ!」
ぼくの九州男児度が急上昇する。
「うるさーい、黙っとれ! 誰も見たことないとかいっているが、家の台所にプロパンガスのボンベがあるだろ。ないヤツは手を挙げろ」
誰も手を挙げない。
最初のコメントを投稿しよう!