第9章「数ヶ月後の授業」

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 ぼくは鍵を開ける前に寝ている生徒を起こす。これで準備完了、鍵を開けようとした瞬間、生徒の一人がぼくを呼び止めた。 「ムッシュ、黒板に一文字も書かれていない!」  ぼくはあわてて黒板に数式や化学記号を書き始めた。 「ドンドン、ドンドン」 担当者が急がせる。 「まだか、早く開けないと強制帰国だぞ!」 何人かの生徒たちが教壇に駆け上がった。 「ムッシュ、おれにも書かせてくれ」 「おれのほうがきれいな字を書く。おれにも書かせろ」 「おれのほうが書くのが早い。おれも書く」 たちまち黒板は文字で埋まった。 「さあ、どうぞ」 ようやくぼくは笑顔で彼らを迎え入れた。相当待たされたふたりは、すでに怒りが表情に現れている。  彼らは黒板を見渡した。  よく見ると、それぞれの数式や記号につながりがない。 しかし上司にはそれがわからない。若い担当者は理解しているので、 「ここは蒸留についての公式、この化学記号はメタン、エタンプロパン…。おかしいですね、関連性がありません」 と痛い所を突いてくる。上司は黙ったままだ。担当者が急かせた。 「どう思われます? さあ早く何かご意見を」  上司の顔が真っ赤になった。しかし、これはぼくへの怒りでなかった。 「もういい! 今まで何度この教室にきた? そのたびにムダ足になった。まずお前を強制帰国させたい!」 といって教室を飛び出していった。  後から担当者が追いかける。 「強制帰国ですって? ワタシはアルジェリア人ですよ?」 その6「ポケットの中のGPL」  最初のころは受難続きでも、数ヶ月たつとだんだん生徒の興味をひく方法がつかめてくる。ぼくにも教師の面白さが少し分かってきた。  ある授業で、ぼくが生徒たちにこんな質問をした。 「さてここではジャンボGPLといっているが、GPLとはか知ってるか?」 一同黙ったままだ。 「じゃあそれを見た者もいないな?」 「……」 「おいおい嘘をついちゃあいかんぞ」 「ムッシュ、おれたちは確かに無知かもしらんが、嘘つきではないぞ」 他の生徒も怒りだす。 「そうだそうだ、いい過ぎだ。いっていいことと悪いことがあるぞ!」  ぼくの九州男児度が急上昇する。 「うるさーい、黙っとれ! 誰も見たことないとかいっているが、家の台所にプロパンガスのボンベがあるだろ。ないヤツは手を挙げろ」  誰も手を挙げない。
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