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あれは、もう12年前の話だ。あの日を境に、ご主人様は私の目の前に現れることはなかった。噂によれば新しくて可愛い恋人ができたそうで、私は用無しとなってしまった。一人きりの館はあまりにも広く、あまりにも寂しい。ご主人様もいなくなり館は、誰かの手によって、買い取られ私は住む家さえ失った。
宛てもなくさ迷うしかなかった。誰に助けを請えばいいか分からなかった。猛吹雪が容赦なく私の体を叩き付ける。何日間も飲まず食わずの状態で、意識が薄れていく。
何もかも失って、私は一人で死ぬのだ。いや、ご主人様が私をお捨てになった時から、心はすでに死んでいたのだから、むしろこのまま死んだほうが楽だと思えた。路地裏で倒れ込み、あの世への迎えが来たのか、やけに辺りが明るい。
「…大丈夫ですか?」
「大丈夫だ…もう、私は死んでる」
すると、額に手で触られる。ご主人様以外なら払いのける私だが、払う力もないのかなすがままにされる。
「やだ、凄い熱だわ。お医者さんを呼ばなきゃ」
「…あの世でも、医者はいるのか」
「可哀相に、意識が朦朧としすぎて、妄想と現実がごっちゃになってるのね。貴方はまだ生きてるわ、辛うじてだけど…」
「医者は呼ぶな。私が何者か分かるだろう?」
相手は首を傾げる。口を開けると、声を失う。
「医者を呼べるほど光の道を歩んじゃいねえんだよ。それとも、あんた血を吸われに来たのか。残念だが求めていねえんだよ」
私の血液型はAB型のBlack系であり、ご主人様と出会って判明した、稀少種である。当然、人間の中にもその系統はいるのだが、見たところ目の前の相手は真人間のようだ。それにBlack系の匂いがしない。
「ヴァンパイア?」
「命が惜しけりゃ帰れ。そして誰にも話すな」
「いやいや、熱はあるしさ、このまま貴方に、死なれたら私死体遺棄の罪で捕まるよ」
「ヴァンパイアに人権なんてねえよ」
「でも、放っておけない」
「真人間のくせに変わっている」
「真人間って言わないでよ。『西白アキ』って名前があるんだから」
どうやら相手は、あの世への水先案内人ではないようだ。
「呑気に自己紹介してる暇があるなら…」
最後まで言う前に、熱にうなされ意識を失ってしまう。
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