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しかも生徒が質問をすると
『おだまり!』
のひとことで片付ける。私は有無をいわさず夕方の便に乗せ、送り返した」
着いたその日に即帰国。
彼に問題があるとはいえ、厳しい処罰だ。ムッシュ・ガリッグは、さらにこう語った。
「君を採用したのも、ムッシュ・カトーというフランス人技師が生徒とトラブルを起こしたからだ。彼もすぐ帰国させた」
衝撃の事実!
ぼくは自分の実力だけで、面接を合格したんじゃなかった。
「ムッシュ・カトーの交代要員が緊急に必要」
という特殊事情があったんだ。
トラブルを起こしてくれなければ、そして即帰国の罰則がなければ、ぼくは今どこでどうしていたんだろう。
メルシー、ムッシュ・カトー。
その2「帰らされそうになった坊ちゃん先生」
ぼくも問題がなかったわけじゃない。
最初の授業では、生徒に教科書を読ませて冷や汗をかいた。フランス語はつたなくて、生徒にたびたび直された。ただしそのことで、検査官から注意を受けたことは1度もない。ぼくの語学力が、急激にレベルアップしたから?
いや、そうじゃない。生徒が検査官に
「あの先生、フランス語が下手。辞めさせて」
なんて報告を、誰ひとりしなかったからだ。
当時を振り返ると、こう推理する。
生徒に負けている部分のある講師のほうが、より強い親近感をもたれたのではないか。
ぼくも子ども時代を振り返ると、いくつか当てはまる思い出がある。
家庭では厳しい母親より、甘?い父親のほうになついていた。
学校では真面目すぎるベテラン教師より、少し頼りない新任の先生のほうが人気があった。
テレビでも、かっこいい俳優より面白いコメディアンのほうが、子どもには人気があった。
ダメな部分をわざと見せる。笑いをさそって場をなごませる。これは現代でも通用するはずだ。
実は今のぼくも、それを実践している。
つまずいたり、物忘れをしたり、勘違いしたり、聞き間違えたり、いい待間違えたり、道に迷ったり、居眠りしたり……。
仕事場や家庭内では、よく失敗を見せている。
しかしあれは、ほんとに失敗しているんじゃない。それは親しみをもってもらうために、あえてわざとドジな姿をさらしているわけ。ストレスがたまりがちな現代社会においての高度な戦略であり、緻密な計算をした上でのこと。そこんとこを理解してほしい。
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