第11章「帰らされた講師たち」

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 しかも生徒が質問をすると 『おだまり!』 のひとことで片付ける。私は有無をいわさず夕方の便に乗せ、送り返した」  着いたその日に即帰国。  彼に問題があるとはいえ、厳しい処罰だ。ムッシュ・ガリッグは、さらにこう語った。 「君を採用したのも、ムッシュ・カトーというフランス人技師が生徒とトラブルを起こしたからだ。彼もすぐ帰国させた」  衝撃の事実!   ぼくは自分の実力だけで、面接を合格したんじゃなかった。 「ムッシュ・カトーの交代要員が緊急に必要」 という特殊事情があったんだ。  トラブルを起こしてくれなければ、そして即帰国の罰則がなければ、ぼくは今どこでどうしていたんだろう。  メルシー、ムッシュ・カトー。   その2「帰らされそうになった坊ちゃん先生」  ぼくも問題がなかったわけじゃない。  最初の授業では、生徒に教科書を読ませて冷や汗をかいた。フランス語はつたなくて、生徒にたびたび直された。ただしそのことで、検査官から注意を受けたことは1度もない。ぼくの語学力が、急激にレベルアップしたから?  いや、そうじゃない。生徒が検査官に 「あの先生、フランス語が下手。辞めさせて」 なんて報告を、誰ひとりしなかったからだ。  当時を振り返ると、こう推理する。  生徒に負けている部分のある講師のほうが、より強い親近感をもたれたのではないか。    ぼくも子ども時代を振り返ると、いくつか当てはまる思い出がある。  家庭では厳しい母親より、甘?い父親のほうになついていた。  学校では真面目すぎるベテラン教師より、少し頼りない新任の先生のほうが人気があった。  テレビでも、かっこいい俳優より面白いコメディアンのほうが、子どもには人気があった。  ダメな部分をわざと見せる。笑いをさそって場をなごませる。これは現代でも通用するはずだ。     実は今のぼくも、それを実践している。  つまずいたり、物忘れをしたり、勘違いしたり、聞き間違えたり、いい待間違えたり、道に迷ったり、居眠りしたり……。  仕事場や家庭内では、よく失敗を見せている。  しかしあれは、ほんとに失敗しているんじゃない。それは親しみをもってもらうために、あえてわざとドジな姿をさらしているわけ。ストレスがたまりがちな現代社会においての高度な戦略であり、緻密な計算をした上でのこと。そこんとこを理解してほしい。
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