第11章「帰らされた講師たち」

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けれども、さすがにそれはなかった。歌なら2度聞いても、飽きないのにね。 その6「モーリス」    講師はほとんどがフランス人だった。  あとはベルギー人が3名。イタリア系フランス人1名。ベトナム系フランス人1名。スイス人、ギニア人、アルジェリア人がそれぞれ1名ずつ。そして日本人のぼく。  それにオランダ人の重役ドルフ・シュネットラーグが、3ヶ月に1度やってくる。インターナショナルな職員室だ。  授業と自習の監督が終わって、職員室に戻るとみんなもうクタクタ。  終業まではまだ1時間ある。ただしフリータイムだから、何をしてもよい。  たいがいは静かに休むか、残務整理にあてる。  しかしいつも誰かがしゃべっている。  単なる雑談じゃない。情報交換という名の自己主張だ。立ち上がり、演説を始める者までいる。  日本人からすると不思議だが、他の国の人間は全員 「自分がいかに重要な人間であるか」 「自分がいかに尊敬されるべき存在であるか」 といったことを常に意識し、自己主張していた。  これは講師に限らない。  責任者、総務担当者もそうだった。集めたわけでもないのに、強烈な個性派集団だった。尊敬される人間かどうかは、他人が決めることなのに。  そうそう、母の名言にこんなのがあった。 「かっこいいは、他人が決める。自分で決めるのは、かっこつける。かっこつける人は、たいていかっこ悪い」    話が脱線してしまった。  職員室に話を戻そう。講師の中でいちばんの話し好きが、フランス人のモーリスだ。  職員室の明石家さんま?   いや、あんな面白いことはいわない。口から出るのは、悪口と自慢話ばかり。サイテー男だ。  彼はザイール人と結婚している。人種偏見はいちばんなさそうだが、とんでもない大間違い。実際は逆で、彼ほどアルジェリア人の陰口をいう者はいない。 「あのクラスの生徒のひとりは、アルジェリア側のスパイだ。安心しろ。オレが手なずけてやった」 「(講師と敵対しているアルジェリア人検査官について)あいつ、いつか交通事故をよそおって合法的に抹殺してやる」 「アルズー(地名)には、オレしか知らない酒屋がある。そこのワインはアルジェリアでも逸品だ。場所は教えないけど」  こんな話が毎日続く。選挙前日の選挙カーより、うるさい。
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