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教育実習の風景がぼんやりと呼び起こされた。
記憶の中に留まっているのは、鬱陶しい雨のニオイと、湿気を帯びたバッグや髪やスーツと、寝不足の日々。
残念ながら私にとって実習の2週間は、単位を取るためだけの拘束時間にしか過ぎなくて、申し訳ないくらいに辛く重荷の記憶しかない。
だから、正直言うと、一人ひとりの名前と顔なんて一致しない。
それに、さっきの聞き流せないワードのせいで、当時を懐かしむ南雲くんの笑顔とは対称的に私はきっとしかめっ面だ。
それをチラッと横目で捉えた南雲くんは、
「覚えてないかー」
と、とても残念そうに天井を見上げた。
「ごめんね。実はそこそこテンパって過ごしてて」
「そんな感じだったよね」
「うそ?バレてたんだ」
「わかりやすいよ、センセーは」
「そっかぁ」
私は、南雲くんが初恋と言ったことを聞こえなかったことにした。
“一過性の憧れ、とかそういうのだよね”と決めつけた。
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