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「この卵は、夜の卵。願いが叶う卵さ。持ってお行き。」
なんだか古めかしい物言いだ。願いが叶う卵?
「俺の願いは、お姉さんとお付き合いすることだけど?この卵もらったら付き合ってくれる?」
そう言うと和也は卵を受け取った。
すると女は、ぞっとするような笑みをたたえ、真っ赤な唇がぬらりと街灯に光った。
その瞬間、俺と和也は意識が朦朧としてきた。
和也も立っていられなくなったのか、がっくりと地面にひざをついた。
ついに俺も立っていられなくなって、その場に座り込んでしまった。
気が付いたときは、俺と和也は電柱に背中合わせに寄りかかっていた。
酔いがまわったのだろうと思った。
おかしな夢を見ていたような気がする。あれは夢だったのだろうか。
俺はゆらゆらと立ち上がり、和也の頬を軽く叩いた。
「おい、こんなところで寝るな。帰るぞ。」
そう言い、和也の肩をゆすると、手に握られた白いものが地面に転がった。
卵だ。
あれは夢ではなかったのだろうか。
和也もどうやら、同じものを見ていたようで、俺たちが目覚めた時には、その女の影も形もなく、店もあとかたもなく消えていた。そこには、落書きのされたシャッターが下りているだけで、どう見ても営業していなさそうな店の廃墟しかなかった。
もうすでに空はしらじらとあけかけており、俺と和也はとりあえず、和也のアパートへ向かった。
和也は、あの卵をすぐに捨ててしまうだろうと思っていたが、なぜかずっと手に持ったままだった。
和也の住むアパートは二階建てで、和也の住む部屋は二階の突き当りだ。
階段下をある老女がせっせと箒ではいているのが見えた。
俺たちが近づくのを見つけると、老女はぱあっと笑顔になり、和也にしがみついてきた。
「マコト、よく帰ってきてくれたね。母さん、ずっと待ってたんだよ?」
和也はいまいましそうに舌打ちをした。
「だから、違うって言ってるでしょ?俺はマコトじゃないって毎回言ってるでしょ?」
俺は何がなんだかわからずに、後ろでうろたえていると、和也が向き直って小声で言った。
「婆さん、ボケてんだよ。俺のこと、いつも死んだ息子だと思ってるんだよ。一度、あんまりしつこいんで、本当に似てるのかと思って、仏壇見たら、俺とぜんぜん似てねえの。あんなぽっちゃりオタクと一緒にすんなつうのよ。」
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