【ウリハラウ】

4/9
前へ
/9ページ
次へ
「そうなんだ。おい、でも聞こえてるんじゃないか?」 「本当のことだから、聞こえたって構やしないさ。ボケてるのは本当だからさ。」 つくづくこいつという人間は最悪だと思った。 「そうだ。婆さん、いいものやるよ。この卵、願いが叶うそうだぜ。あんたの息子のマコトが帰ってくるかもしれないぞ。ご近所さん特価ってことで千円でどうだ?」 和也はニヤニヤしながら卵を差し出した。 「おい。」 俺はさすがに和也をけん制した。すると老女は、ごそごそとなにやら割烹着のポケットから出してきた。 千円札だった。 和也もさすがに、冗談のつもりで言ったので一瞬驚いたが、すぐに手を出した。 「ありがとね」 そう言うと卵を受け取り、一階の自分の部屋へ帰ってしまった。 「やった。儲かっちゃった。」 ポケットに千円をねじ込む和也を見て、本当に最低な男だと思った。 こういう男がきっと詐欺師になるのだ。 その日を境に、和也と距離を置いていたが、駅でばったり和也に出会ってしまったので、仕方なく誘われるがままに、和也のアパートまで歩いた。俺に折り入って話があるという。 「あの卵を婆さんに売り払った日からさ、どうも婆さんの様子が変なんだ。」 和也がそう切り出してきた。 「変って?どんなふうに?」 和也は冷蔵庫から出してきた缶ビールを俺に差し出し、自分もプルタブを開けグラスに注ぎ一口飲むと、舌で泡を舐め取った。 「今までは俺が帰るたびに、マコト、マコトってうるさかったんだけど、それがなくなった。」 「よかったじゃないか。それのどこが変なんだ?婆さんが正気に戻ったんじゃないの?」 「いや、それがさ。誰もいないのに、おかえりって言って、ドアをあけて中で会話してるみたいなんだ。もちろん、誰もいないんだから、独り芝居みたいになっちゃってるんだけど。それに・・・。」 「それに?」 「俺の顔を見て、卵を売ってくれてありがとうって。おかげでマコトが帰ってきてくれたと。願いが本当にかなったって俺に感謝するんだよ。でも、婆さん以外誰も住んでいないんだ。」 「とうとう、相当ボケちゃったのかな。」 俺がそう言うと、和也が真剣な目で俺を見た。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加