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「そうなんだ。おい、でも聞こえてるんじゃないか?」
「本当のことだから、聞こえたって構やしないさ。ボケてるのは本当だからさ。」
つくづくこいつという人間は最悪だと思った。
「そうだ。婆さん、いいものやるよ。この卵、願いが叶うそうだぜ。あんたの息子のマコトが帰ってくるかもしれないぞ。ご近所さん特価ってことで千円でどうだ?」
和也はニヤニヤしながら卵を差し出した。
「おい。」
俺はさすがに和也をけん制した。すると老女は、ごそごそとなにやら割烹着のポケットから出してきた。
千円札だった。
和也もさすがに、冗談のつもりで言ったので一瞬驚いたが、すぐに手を出した。
「ありがとね」
そう言うと卵を受け取り、一階の自分の部屋へ帰ってしまった。
「やった。儲かっちゃった。」
ポケットに千円をねじ込む和也を見て、本当に最低な男だと思った。
こういう男がきっと詐欺師になるのだ。
その日を境に、和也と距離を置いていたが、駅でばったり和也に出会ってしまったので、仕方なく誘われるがままに、和也のアパートまで歩いた。俺に折り入って話があるという。
「あの卵を婆さんに売り払った日からさ、どうも婆さんの様子が変なんだ。」
和也がそう切り出してきた。
「変って?どんなふうに?」
和也は冷蔵庫から出してきた缶ビールを俺に差し出し、自分もプルタブを開けグラスに注ぎ一口飲むと、舌で泡を舐め取った。
「今までは俺が帰るたびに、マコト、マコトってうるさかったんだけど、それがなくなった。」
「よかったじゃないか。それのどこが変なんだ?婆さんが正気に戻ったんじゃないの?」
「いや、それがさ。誰もいないのに、おかえりって言って、ドアをあけて中で会話してるみたいなんだ。もちろん、誰もいないんだから、独り芝居みたいになっちゃってるんだけど。それに・・・。」
「それに?」
「俺の顔を見て、卵を売ってくれてありがとうって。おかげでマコトが帰ってきてくれたと。願いが本当にかなったって俺に感謝するんだよ。でも、婆さん以外誰も住んでいないんだ。」
「とうとう、相当ボケちゃったのかな。」
俺がそう言うと、和也が真剣な目で俺を見た。
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