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「俺もそう思った。でもさ、生活音がするんだ。俺の下が婆さんの部屋だから音が筒抜けなんだけどさ。今まで婆さん一人ですごく静かだったんだけどさ。電気カミソリでひげを剃る音とか、ドライヤーの音とか、婆さんとは思えないようなしっかりとした足音が聞こえてきたり、何より、婆さんがすごく楽しそうにしゃべってるんだよ。誰かと。」
「お前の気のせいなんじゃない?ほかの部屋の音と勘違いしてるとか。」
「俺の隣は空き部屋だし、突き当りだから、婆さんの部屋の生活音としか思えないよ。」
そう言いながらビールを口に運ぶ和也は少し青ざめていたかもしれない。
「それに最近、声がするんだ。最初は婆さんの独り言だったんだけど。若い男の声だ。」
俺は少しぞっとしたがよく考えてみればあり得ることだ。
「甥っ子とかと一緒に住み始めたんじゃないのか?あるいは、お前みたいな悪い奴に寄生されたとか。」
俺が半笑いでそう言うと、まだ深刻な顔で和也は答えた。
「俺もそう思った。だけど、一緒に暮らすってことは、洗濯物は出るはずじゃないか?このアパートはベランダが道路から丸見えだからわかるんだけど、いつも婆さんの洗濯物しか出ていない。それに、毎朝、誰も居ないのに、いってらっしゃいって玄関のドアをあけて見送ってるんだ。さすがの俺も、ちょっと気持ち悪くなって。」
俺は破天荒な和也がおびえているのが少し面白くなったので、もう少し話を聞くことにした。
「そこでだ。お前、そういう、なんというか霊感みたいなの、あったよな。」
「まあな。霊感って言っても、実際にはっきり見たことはないんだけど。ぼんやりとした影だったり。」
「明日、日曜だから、休みだろ?今日泊まってって正体を見極めてくれねえかな?」
「見極めてそうだったら余計怖くなるだろ。」
俺が半笑いで言うと、本人はいたって本気のようで、
「もし幽霊とかだったら、俺はこのアパートを引き払う。この前、ハロワでいい仕事見つけたんだ。契約社員だけど、おれもそろそろこの生活に見切りをつけたいと思ってたところだ。もし就職できるのなら、その職場は隣の県になるから、これを機に引っ越そうと思ってる。」
と答えた。ようやく真面目に地に足をつけようとしている友人の頼みを聞かないわけには行かない。
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