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何か、居る。
だが、はっきりとは見えない。
以前、和也が眼鏡をかけた太目のオタクっぽい遺影だったと言ったが、その黒い何かはシルエットのみで実体は確認できなかった。
「マコトなんていねえ!あんたの息子は死んだんだ!何で遺影を俺に挿げ替えてんだ。縁起でもねえ!」
そう言うなり、仏壇の遺影を床に叩きつけて踏みつけガラスを割った。
すると老婆は駆け寄り、必死に遺影を抱いて、マコト、マコト、と泣いた。
「よせ、もうやめろ。警察呼ばれるぞ!」
俺は怒り心頭の和也を何とか、老婆の部屋から引きずりだし、何事かと顔を出した住人から逃げるように、二人でコンビニまで走った。
「おい、ヤバいよ、和也。いくらムカついても、やりすぎだ。」
そのころには、すっかり和也は落ち着いていた。
「すまん、ついかっとなって。」
「バカ、謝るのは俺じゃねえだろ。あとでちゃんと詫びを入れてこい。じゃないと、あとで厄介なことになるぞ。もうすでに近所のやつが警察呼んでるかもしれんぞ。」
そう俺が諭すと和也はうなだれた。
「ああ、大人気ないことをした。相手はボケた婆さんなのに。悪いが今日はこのまま帰ってくれないか。お前を巻き込むわけには行かない。俺は大丈夫。きっちり謝ってけじめつけてくるから。」
「くれぐれも短気を起こすなよ。あとで連絡してくれ。」
俺はそう告げると、心配だったが電車に乗って、自宅へ帰った。
それから何日経っても、和也から連絡はなかった。
俺は心配で、何度も和也の携帯電話に連絡を入れたが、返信も何もなかった。
もしかしたら、拘留されているのか。俺はとりあえず、和也のアパートをたずねてみた。
アパートの前で和也をちょうど見かけた。
よかった。警察に拘留されてたわけじゃないんだ。それでは何故、俺に連絡をくれなかったのだろう。
声をかけようと、和也に近寄ると、なぜか和也は自分の部屋に上がらず、一階の老婆の部屋のチャイムを押していた。
「ただいま。」
和也がそう声をかけると、中からあの老婆が出てきた。
俺は違和感を感じた。
「お帰り、マコト。疲れただろう?今日はお前の好きな栗ご飯を炊いたんだよ。」
老婆はそう言いながら、和也の背中をさすった。
「おお、うまそうな匂いだな。母ちゃん。」
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