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「……とりあえず、俺の部屋に入ろうか。ここ外だし、そんな顔見られたくないでしょ」
見せたくないのは俺の方で、酷い顔をしてるのも俺の方だ。
それに気付いているのかいないのか、黎子さんは、涙で途切れがちな呼吸を震わせて、ちょっとだけ笑った。
「……それ、さっき私が言った」
「……そうだね」
その叱られた瞬間を思い出して、腹の中がドクリと跳ね上がる。
自制しろ自制しろ自制しろ、ここまでずっと我慢してきただろ、あと数分待て、今はとにかく二人きりになるのが先決だ。
腕の力を緩めると、黎子さんがチラッと俺を見上げる。
はにかんだ笑顔の破壊力は抜群で、多分俺の体の中の何かは、ボンボン爆破された。
カラカラの喉と汗ばんだ掌を隠して肩を抱いて歩き出す。
不審がられない程度の速さと強さと言うのは、存外難しい。
黎子さんには、俺が焦ってることくらいお見通しなのかもしれないけど、それでもまだ俺は、あなたを怖がらせたくはないんだ。
嫌がることは、本当はしたくないんだ。
とっくに劣情に押し流されているのかもしれない頭の片隅に、碇を打ち込む。
これだけは、忘れちゃいけないと戒める。
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