第1章

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「思い出せませんか? 困りましたね。 それでは暫くの間、この事務所で寝泊まりしませんか?」 「え!! ありがたい話しですが、構わないのですか?」 「はい! ここに来るお客様の多くが、あなたのように記憶を無くされて来店されます。 ですが、この事務所で寝泊まりして他のお客様の事を見ているうちに、記憶が戻ってくる事が多いのです」 「そうなのですか? それではお言葉に甘えて、暫くお世話になります」 「ではこちらにどうぞ」 彼女は立ち上がり、事務所の脇にある6畳程の部屋に案内してくれた。 私はこの部屋に寝泊まりして、同じように彼女達の世話になっている幼女と共に、彼女達の仕事を毎日観察する。 また、学校やお得意先に出かける事が多い彼女達に代わり、幼女の面倒を引き受けていた。 この事務所で寝泊まりするようになってから20日程経ったある日、年長の女性が30前後の女性を伴って、事務所に帰ってくる。 その女性の顔を見て、私と遊んでいた幼女が歓喜の声を上げ、女性に駆け寄って行く。 「ママ――――!」 だが、どうしたことか、幼女が女性の足にすがりつき呼びかけているにも拘わらず、女性は怪訝な顔で事務所の中を見渡していた。 その女性の背中に年長の女性が手を当て、お経のような呪文を唱える。 その途端女性が叫んだ。 「美奈ぁ――――!」 女性はその場に座り込み、すがりついてくる娘を力一杯抱きしめ、その背中を優しく撫でる。
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