3* シンクロ

2/48
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/198ページ
理事長先生と先生方とのお話が終わり、二人で教室へ帰る途中、走はさっそく、ぴょんタに、『生活』を教えることになった。 並んで歩いていたはずなのに、ぴょんタの歩くのが遅い。走は気になって、ふと、振り返ってみると。 「わっ、君、なんて恰好!」 驚いた。どこでどうしたのか知らないが、ぴょんタが、いつの間にか半ケツで歩いているのだ。 「ジャージ、脱げそうじゃないか!」 「ん、これ? 落ちてくんの。どうするの?」 ぴょんタは、ずり落ちるジャージを両手で押さえながら言った。 「見せんなよ? もう!」 走は近づいて、ジャージのドロー・ストリングを引っ張った。 「ここ、ちゃんと結べ。」 「どうするの?」 「・・・あ。 ・・・そうか。」 走は眼鏡のブリッジを人差し指で押さえ、瞼を伏せた。 ・・・ここまで、重症とは。 どうやら、ぴょんタは、紐の結び方すら忘れているらしい。 仕方ないので、走は、その場で蝶々結びを教えてやった。幸い、ぴょんタは飲み込みが早かった。1回教えてやるとすぐ自分で結べるようになった。 しかし、これは序の口だった。 それからの走は、ぴょんタに実に色々な事を教えることになった。 例えば、鉛筆の持ち方を教えた時だ。 消しゴムで字を消すと、「消えたあっっ!」と、ぴょんタは目を丸くして叫んだ。 その驚きようで、走は、先生方にお願いされた、この『生活全般について一通り教える』というのが、相当な作業量を要するものなのだと、きっちり認識せざるを得なかった。 その日の午後は、差し当たって、ぴょんタは走の隣で席をくっつけて授業を受けることになった。 そこで走は、授業は大人しく先生のお話を聴いてノートを取るとか、教科書を見るとか(走のを見せてあげた)、そんな、当たり前の授業の受け方をぴょんタに教えた。 そして、放課後になると、校内を廻って教室の位置を教えた。 トイレに至っては、トイレの使い方まで教えることになった。 立って、または座って、紙を使って、最後は水を流す。まるで、小さなこどもにトイレトレーニングをしているような、そんな感覚になった。 走の教える事を驚いたり喜んだりしながら一生懸命、覚えようとするぴょんタ。そんな姿を見ながら走は、 “子育てってこんな感じなのか?” と、世の育メン・パパ達の心境に思いを馳せた。 .
/198ページ

最初のコメントを投稿しよう!