第1章

2/10
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
彼女は、かわいくてかしこくて、そしていま僕にものすごく怒っている。 そもそも待ち合わせ遅れた僕が悪いし、何を言っても言い訳や弁解になってしまう。 今まで見たことのないすごい剣幕で怒っている彼女を見ながら、こんなに怒ったりするんだななどと思っている。 そしてこの僕のぼんやりした態度が、火に油を注ぐことになっているんだろうけど、どうすることも出来ずにやっぱりぼんやりしたままでいる。 僕は時間に遅れるのが嫌で、待ち合わせ時間には余裕をもって行動するようにしている。特に彼女との約束には。 今日だって家から歩いて10分弱の博物館に10時半に集合で、10時には家を出た。 台風一過で空は青く澄み渡り、これからぐんぐん気温が上がることを予感させるような天気だった。 僕は汗っかきなので、トイレで着替えても十分余裕があるなと思って出かけたんだ、その時点では。 家を出てすぐ、たまに遊びに来る猫がこちらに歩いてきているのを見つけた。 サバトラの雌猫でこの地方独特の短くて先の曲がったしっぽをしている。 気まぐれにうちに来ては、エサを食べたり、僕に遊びの相手を強要したり、家中で一番涼しい場所でくつろいったりする。 きっといろんな家でいろんな名前で呼ばれているんだろうな、と感じさせる貫禄がある。 よそでどう呼ばれてどうしているかは知らないが、僕は特に名前は付けず『猫』とだけ呼んでいる。 僕も猫がまあ好きだが大好きというわけでもなく、来るのでなんとなくエサをあげたり遊んだりしていた。 そういうお互い都合のいい時に適当に付き合うというドライな関係だったのだが、最近は完全に僕のことをデキの悪い子供だと思っているらしく、いろいろと獲物を持ってきてくれるようになった。 セミやバッタの昆虫は序の口でかわいいものだ。この辺はもう慣れた。 トカゲやカエルなどの小動物くらいまでは若干引きながらもお礼を言っていたのだが、今日は……もぐらをくわえていた。 「ヒッ」という音にならない声が思わず口からもれる。 「や、ちょっとそれは流石に」 猫に言ってもわからないと思うが、話しかけていないとくじけて家に戻ってしまいそうだ。 気持ちを落ち着けるために、深く息を吸う。 どうすれば切り抜けられるか全く検討もつかないが、とりあえず猫に話しかける。 「ありがとう。気持ちは嬉しんだけど今から出かけなきゃならないんだ。そういうのはまた今度、ね」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!