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第39章「日本人通訳」
その1「同僚との再会」
奇遇は、世界中どこにいたって起こりうる。
以前勤めていた会社の同僚が、アルズーにいるとわかった。
どうして見つけたかって?
フェイスブック? そんなもんない。当時はパソコンもインターネットもない時代だ。
実は通勤途中、前の会社の日本人宿舎を発見したわけ。
そこで休日に訪ねたところ、表札になじみのある名前があった。
ドアをノックすると、懐かしい顔に出会えた。
「ナガオじゃないか? うちの会社辞めて、フランスに住みついたと聞いてたぞ。なんでこの国にいるんだ?」
「話せば長いが……」
彼は、その宿舎の管理部門を担当していた。
しかもその部署は、門のそばの管理事務所の中にあった。おかげでそこに入るのは、フリーパスとなった。
それからというもの、通勤帰りによく宿舎に寄り道した。
管理部門には彼を含め、日本人が4人いた。
彼らの仕事は、経営や業務を管理するだけではない。宿舎の生活全般も、取り仕切っている。
洗濯は、ファム・ド・メナージュという外部会社のスタッフに頼んでいた。スタッフといっても、みんな熟女のおばさんたちだ。
ところが彼女たちに、うまく指示ができない。
実は彼らは何年もここに滞在していながら、誰ひとりフランス語がしゃべれない。そこで、ぼくが洗濯場にいって何度も通訳してあげた。
そう、この章のタイトル「日本人通訳」とは、ぼくのこと。彼らはたいへん喜んでくれた。
そういうことで同僚だけでなく、他の日本人とも知り合いになった。ごちそうしてもらうことも、しばしばあった。
その2「買い出し」
通訳のお礼とはいえ、いつもごちそうしてもらってばかりでは、申し訳ない。
ある時、お返しとして彼らを、オランにあるぼくの家へ呼ぶことになった。
前日、港近くの市場に買い出しにいった。市場は朝早くか、夕方でないと、いいネタがない。特に魚類はそうだ。
ぼくは夕方に訪れた。
市場は、魚屋が何十軒も並んでいる。
どこも、活気にあふれている。店は、生きのいい魚介類であふれている。店の前は、客であふれている。
人だかりのせいで、なかなか買い物は進まない。フランス人が後ろのほうから、店主に声をかけていた。
「この魚は、いくらだ?」
店の主人には聞こえない。そのすぐ横にいるアルジェリア人が、主人に代わって叫ぶ。
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