第39章「日本人通訳」

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「そんなに高くないよ」 「何いってる。おれは値段を知りたいんだ。高いか高くないかなんて、何の意味もないじゃないか」  フランス人は、ひとりで勝手に怒っていた。  彼にそんなことをいっても、しかたない。値段は、その場で店主が決める。高級な寿司屋の時価と同じシステムだ。  ぼくはそんな彼らを横目で見ながら、伊勢エビを捜していた。  地中海は甘エビもおいしいが、伊勢エビはさらにうまい。伊勢湾の伊勢エビより上物だ。 「あった、これだ!」  ようやくお目当てを見つけた。飛び切り大きい。一抱えもある。量ったら、何と6キログラム。もちろん生きている。  暴れると怖いので、荷造り用のヒモでしばってもらった。 その3「眠れぬ一夜」  伊勢エビは、車のトランクに入れて帰ってきた。しかし冷蔵庫には入らない。 「どうせ生きているし、腐ることもないだろう」  結局台所の流しに置くことにした。すると夜中に奇妙な音がする。 「ギー、ギー、ギー、ギー、ギー」 伊勢エビの鳴き声だ。うるさすぎる。 「こんな所イヤだ。地中海が恋しいよ?!」 とでも鳴いているのだろうか。  明日までの命とわかっているだけに、こちらもつらい。おかげで、その夜はあまり眠れなかった。  こういう気の弱いところは、まだまだお坊ちゃんだ。 その4「調理か格闘か?」  翌日、伊勢エビをゆでようとしたが、またも問題発覚。  自宅の大鍋に入りきらない。 「さて、どうしたものか?」  思案の末、お隣りからタライのような鍋を借りた。  いよいよ調理開始。  まずお湯をわかす。沸騰したところで、エビを放り込む。 「あとはゆで上がるのを、待つだけ。楽なもんだ」 ところが、そう簡単にはいかない。大きな鍋のフタが持ち上がる、中から、巨大なハサミが飛び出してきた。 「バタバタバタバタ!」  おのれの運命を知ってか、エビが最後の抵抗をしている。   あまりに騒ぐので、ぼくの手には負えない。 「どうしよ?? 助けて!」  誰もいないのに、叫んでしまった。緊急事態になるとあたふたするところも、まだまだお坊ちゃんだ。ちょうどその時 「ピンポーン!」 とチャイムが鳴った。  招待した友人の同僚が、家に到着したんだ。 「ナガオ、おれにまかせろ!」  彼は有無をいわさず、エビを湯に放り込む。鍋のフタを上からグッと押さえる。 「バタバタバタバタ!」
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