第39章「日本人通訳」

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「まだダメか、それならこうだ!」 彼は全体重をかけて、鍋ごと押さえつける。しかし相手は6キロの伊勢エビだ。まだまだ激しい抵抗が続く。 「ガタガタガタガタ!」  今度は、鍋ごと揺れだした。 「ナガオも手を貸してくれ!」 「わかった、エビごときに負けてたまるか!」  ふたりがかりで押さえつけた。人類の尊厳と、全体重をかけて。  やがて鍋は、静かになっていった。  ふたりは、静かにエビの冥福を祈った。 その5「エビ料理」  伊勢エビは、死んでもわれわれに抵抗する。  大の大人が5人がかりで食べても、余らせてしまった。頭、脚、それにミソの部分だけで満腹。 「ナガオ、腹が苦しい。もう入らない」 「まだまだ残っているぞ。誰か食べないのか?」 「これ以上いらないよ?。勘弁してくれ」 「もって帰ってもいいぞ。包んでやろうか?」 「ナガオ、そんなのいい。エビなんか、もう見たくもない」  宴がお開きとなっても、しっぽの部分がまるまる残った。さすが6キロ。  日本人4人はみんなお腹をさすりながら、帰っていった。歩くことすら、つらそうに。  家には、ぼくとエビのしっぽだけが残った。自分ひとりで食べきるには、何日かかるかわからない。かといって捨てるには、もったいない。 「どうしよう?」  幸いにも生きてる時とは違い、切り刻めば冷蔵庫で保存することができた。  翌週、今度はフランス人講師たちを自宅に招待した。  輪切りにしてマヨネーズと共に皿に盛る。5人分の前菜となった。 「この伊勢エビ、おいしいね」 「ムッシュ・ナガオ、どうもありがとう」  ほんとは残飯、いや残エビ処理のため呼んだんだけどね。  それにしても、エビ1匹に対して10人の大人が相手にしなければ食べ切れないなんて。  伊勢エビ様、あなたには参りました。 その6「夜をいっしょに過ごしたい」  彼らとの仲は、その後も長く続いた。  会社からアルジェリアに派遣された日本人からすれば、ぼくが不思議でならないらしい。あるとき、こんな話題になった。 「ナガオ、君はフランス人たちと契約で仕事をしているんだろ。ぼくらには理解できないよ」 「そうかなあ」 「会社にいれば安定して過ごせるのに。契約ならいつ切られるか、わからないじゃないか」 「会社だって、肩たたきやリストラがあるよ」 「フランス人相手じゃ、苦労もあるだろ?」
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