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「日本人相手だって、仕事に苦労はつきものさ」
「ナガオ、わかった。元請け会社が日本だから、通訳の仕事が中心なんだろ」
「違うよ、毎日教壇に立っているんだ」
「そうか、教壇に立ってるフランス人講師の横で、元請け会社の日本人に通訳をしているんだな」
何度も通訳に間違えられた。そうじゃないと説明するのに苦労した。
彼らの中に、ひとり面白い人がいた。
「ナガオさん、わたしもちょっとフランス語を勉強してみたんだ」
「へえ、そうなんですか」
「どうせ習うなら、女性に関係するほうが上達が早いと思ってね。
『夜をいっしょに過ごしたいね』
という文章を一生懸命丸暗記したんだ」
「ほう、そんな色っぽいセリフを……」
「覚えると使いたくなる。そこで、洗濯場にいるおばさんにいってみたんだ。おばさんといっても30歳を過ぎたくらいかな。自分よりはだいぶ若いし、年の割にはきれいなんでね」
「それで、それで」
「そしたら、その女性はね
『う』
と答えた。
『う』
のひとことだけなんだ。こちらも
『うっ』
とうなって、それで終わりさ。あははははっ」
「あははははっ」
思わずぼくも声を出して笑った。
「ところで、あれはどういうことだい?」
ぼくはいってやった。
「それは惜しいことをしましたね。
『う』
というのは
『どこで』
という意味なんですよ」
「ということは……」
「つまり夜を過ごすのはいいけれど、どこで過ごすかとたずねたんですよ。半分OKをもらったようなものだったのに」
「そうか、しまったな。まさかそんな簡単にOKが取れると思わなかったから、そこであきらめたんだ。もう一押しすればよかったなあ」
彼の一夜の恋は、泡と消えた。口説いた所が洗濯場だけに……。
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