第39章「日本人通訳」

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「日本人相手だって、仕事に苦労はつきものさ」 「ナガオ、わかった。元請け会社が日本だから、通訳の仕事が中心なんだろ」 「違うよ、毎日教壇に立っているんだ」 「そうか、教壇に立ってるフランス人講師の横で、元請け会社の日本人に通訳をしているんだな」  何度も通訳に間違えられた。そうじゃないと説明するのに苦労した。  彼らの中に、ひとり面白い人がいた。 「ナガオさん、わたしもちょっとフランス語を勉強してみたんだ」 「へえ、そうなんですか」 「どうせ習うなら、女性に関係するほうが上達が早いと思ってね。 『夜をいっしょに過ごしたいね』 という文章を一生懸命丸暗記したんだ」 「ほう、そんな色っぽいセリフを……」 「覚えると使いたくなる。そこで、洗濯場にいるおばさんにいってみたんだ。おばさんといっても30歳を過ぎたくらいかな。自分よりはだいぶ若いし、年の割にはきれいなんでね」 「それで、それで」 「そしたら、その女性はね 『う』 と答えた。 『う』 のひとことだけなんだ。こちらも 『うっ』 とうなって、それで終わりさ。あははははっ」 「あははははっ」 思わずぼくも声を出して笑った。 「ところで、あれはどういうことだい?」 ぼくはいってやった。 「それは惜しいことをしましたね。 『う』 というのは 『どこで』 という意味なんですよ」 「ということは……」 「つまり夜を過ごすのはいいけれど、どこで過ごすかとたずねたんですよ。半分OKをもらったようなものだったのに」 「そうか、しまったな。まさかそんな簡単にOKが取れると思わなかったから、そこであきらめたんだ。もう一押しすればよかったなあ」  彼の一夜の恋は、泡と消えた。口説いた所が洗濯場だけに……。
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