カメレオンBBA

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カメレオンBBA

 スーパーの効きすぎた空調の風のおかげで生きた心地がした。この夏の最高気温34度の炎天下、千帆はアパートからせっせと歩いてきて汗だくだった。立ち止まって涼んでいたいがそうはいかない。速足で最奥にある総菜コーナーにむかうが、まだ黄色い値引きシールは貼られておらず、一度青果コーナーに戻っておつとめ品の棚を漁ることにした。黒ずんだレンコン、皺だらけのピーマン。半額になったトマトをつかむと親指がぐにゅりと皮を突き破った。なんでこんなものを買わなければいけないのだろう。あっちには採れたての新鮮な野菜たちがきれいに陳列されてるのに。千帆はトマトをカゴの中に置くとしおれたほうれん草を続けてカゴに投げ入れた。健康な体を維持するための最低限度の品物。そんな売り時のピークを過ぎた野菜たちを自分に重ねてしまう。  私も35だ。もう萎れている。いまさら買い手がつくわけでもない。このまま耕太にしがみついているしかない。千帆はため息をついてカゴの野菜たちを見つめた。  天井のスピーカーから軽やかな鉄琴のメロディが流れて客たちに午後3時を知らせた。傷心にひたっている場合ではない。慌てて惣菜コーナーにもどる手前で、スイングドアのむこうから白い作業着を着たスタッフが黄色いシールを手にやってきた。3時とあってこの時間は客はまばらだ。半額になる19時の値下げタイムに人だかりができるので競争率は高い。さらに割引になる閉店前の総菜コーナーは戦場だ。主婦と思わしきおばさん、年金暮らしの老人、独身の若い男、値下げになった品物を得ようと皆が殺気立つ。肘鉄で両隣を牽制し、時には目当ての惣菜に伸びたライバルの手の甲をひっかき、取られたら仕返しにそのひとの足を踏みつける。そこには女性も男性も若人も老人もない。そんな殺伐とした戦場でやっていけるほど千帆は強くなかった。だから千帆は前哨戦ともいえるこの時間に来て、ひっそりと品物を手にする。     
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