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第40章「最後の授業」
その1「減っていく生徒と講師」
ぼくがこのトレーニングセンターにきて、約1年が経った。
新しい工場の建設もあらかた終わったらしい。
そうなると現地スタッフの教育も必要なくなる。最盛期には30以上あったクラスも、ずいぶん減った。
生徒たちは、どんどん卒業した。今残っているクラスは、ふたつだけだ。
建設にたずさわるスタッフはもういらない。あとは運転員と呼ばれる、工場を動かす人間さえ育てればよい。
そうなると、教える人間もいらない。
一時期40人もいた講師は、10人以下に減った。実際授業をおこなうのは、2、3人。残りは残務整理だ。
ぼくは運転員のクラスを担当できるので、最後まで残っていた。
運転員クラス担当教師も、多い時は7、8人いた。今は大半が帰国している。
その2「最後のクラス」
最後に残ったクラスは、ぼくにとって一番疲れるクラスだった。もっともクセのある生徒が集まっていた。
ほら、ぼくをバカ野郎呼ばわりして辞めていった生徒のいたクラスだ。正直いって担当なんかしたくなかった。
「最後のクラスをお願いする」
とムッシュ・ガリッグから頼まれたとき、ぼくは1度断った。
「なんでぼくがいちばん疲れる役回りをしなければならないんだ?」
「ムッシュ・ナガオ。顧客からの要請だ。引き受けてくれ」
こういわれたら、しかたない。結局このクラスを押しつけられた。
ここには、自習時間に決まってコーランを大声で読む生徒もいた。ぼくは、こうした宗教的行為には絶対口をはさまないと決めていた。しかし、生徒同士の口論が絶えない。
結局ぼくが間に入らなければ、おさまらなかった。
ある日、その自習時間もその生徒はコーランを読み上げていた。すると例のバカ野郎発言で退学となる生徒が、彼に食ってかかった。
「てめえ、毎日毎日、同じことばかり叫びやがって。うるせぇぞ、いいかげんにしやがれ!」
もうひとりも負けてはいない。
「お前こそ、ありがたいコーランに対してなんたる侮辱! 天罰が下るぞ! 」
その日は口論で1時間が終わった。
あのふたりも、そしてぼくも疲れて帰った。自習室にいた生徒全員が、勉強をさまたげられた。
人を救うための宗教が、癒(いや)しを与えるどころか苦痛を与えた。
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