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ーー俺、ちょっと様子見てくるよ。
拓郎はそう加那へ返事を送信すると、ポケットにスマートフォンを納める。理由はなんでも良かった。ただ胸につっかえた靄を残したまま帰宅することが釈然としなかった拓郎は、男の様子を見に行くという名分を付け、また再びあの場所へと向かう口実とした。
駅前で蓮治と別れたのは20分程前、徒歩で巌洸寺へと行ったのだとしたら恐らくまだ到着はしてないだろう。歩き始める拓郎のポケットが僅かに振動するが、拓郎はそれに気が付かず、来た道を引き返し始める。
拓郎は最寄りのタクシー乗り場へと向かい、停まっていたタクシーへと乗り込む。
「巌洸寺までお願いします」
後部座席へと座り運転手に行き先を告げる。
そして、拓郎を乗せたタクシーは巌洸寺へと向かい始めた。
道中なにやら運転手が世間話を振ってくるが、適当に相づちを打ちながら話を流す。窓の外から流れる景色の中に、蓮治の姿をしきりに探す。が、到着するまでその姿を見つける事は叶わなかった。
「着きましたよ」
拓郎はモニターに表示される金額を運転手へと支払う。痛い出費ではあったが、仕方がない。
支払いを済ませ外に出る拓郎。
タクシーのライトがだんだん遠ざかると同時に、登山道の入り口は数メートル先も見えないほどの闇と静寂に包まれる。
真夏だと言うのに冷たい感覚が背中を撫でる。
拓郎はポケットのスマートフォンのライトを点灯させ足元を照らし、暗闇の登山道へと足を踏み入れる。
蓮治は先に行ってしまったのだろうか?それを確かめる術がない拓郎には先に進むしか選択肢がなかった。
夕方、鼠が大量発生した場所は山の中腹辺り。周囲を確認しながらゆっくりと歩き始める。
周りは静まりかえり、聞こえるのは拓郎の足音と虫の鳴き声のみ。道中、風のざわめきや鳥の羽音に驚かされながらも確実に一歩一歩前へと進んでいく。
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