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夜に薄明かりが差し始めた。春はあけぼのというけれど、だんだんと夜明けは早くなっている。だけれど、まだまだ人が動きだす時間ではない。
私たちはあれから近くのファミリーレストランであれこれ話し、真っ正面からもう一度ぶつかってみることにした。疑いに輪をかけてしまった以上、誠意を見せることしか道がないという結論に至ったからだ。
朝ではなく、かといって夜ではない曖昧な時刻。
私は林酒店の勝手戸を小さく叩いた。
「こんな時間にごめんなさい。一度ちゃんと話を聞いてほしいの」
中で人が起きている気配がする。私の盛大な勘違いでなければ、きっと彼らも眠れない夜を過ごしたことだろう。
「一方的にこっちの都合をおしつけてきて、本当にごめん。反省してる。でもこのままだときっと林くん……にもよくない結果になるかもしれない」
「……おまえらが信用できるとでも言いたいのか?」
とりあえず反応が返ってきたことに、私はほっと息を漏らす。
「信用できないと思ったら、叩き出してくれていい。テープを渡してもいい。本当のことを伝えたいの」
「そんなの……どうやったって、おまえらの好きなように編集できるだろう」
応じて、迷ってはいる様子だけれど、なかなかに手強い。天岩戸のようだ。何とか顔を出してもらうまでに、私の言葉は尽きてしまった。
「それなら、ここで編集してみせたら納得してもらえるか?」
「中野さん!?」
何を言い出すのかと目を丸くすると、中野さんは大したことないように告げる。
「データとパソコンさえあれば編集なんてどこででもできる。原稿だってメールでチーフに見てもらえばいいだろう?」
扉の向こう側で逡巡しているような沈黙が流れる。
そこに静かに挟み込まれた声は、林くんでも中野さんでもない男の人の声だった。
「いいよ、正志。きっと朝未さんたちなら、おかしなふうに報道しないでくれるよ」
「……タッキー?」
辺りに漏れることがないように問いかけると、小さな肯定が返ってきた。
ガラリと扉が開くと、渋い顔をした林くんの向こうに、柔らかな苦笑を浮かべた懐かしい顔があった。
その瞬間、私は啓示のように確信を得た。
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