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もっとも、有沢みたいな意見が一定数あったのは事実だし、他方で柿崎のようにちゃんと活動したいって奴もいた。俺はどっちでも良かったんだけど。
ただ、主張の食い違いでギスギスするのは見てられなかったから、俺は貧乏くじを自ら引きに行ったという訳だ。
「結局、智也がいつも長期旅行のプランを立てて、どちらの派閥も満足できるように調整してくれたんだよな。あの時はありがとな。」
「まあ、その方がお互い満喫できるだろうと思ったからさ。険悪な雰囲気は、好きじゃない。」
「スカしちゃって。ま、いずれにせよそういうことだ。
そのキテレツ野郎の肩を持つつもりはないけど、智也には、周囲の人間を引っ張っていく力があると思うぜ。自信持てって。」
「……サンキュー。」
有沢はいつも、俺を励ましてくれる。有沢だけじゃない。サークルの同期だった柿崎や他の学友・同僚・先輩・上司。皆、俺に期待してくれている。
それは凄く有り難いことではあるんだけど、その度に、俺は周囲からの信頼に足る人間なのかと自問する。
はっきり言って、俺には自己というものが無い。意見をまとめたり仲裁したりといったことは多々あったけれど、自分の考えを主張したことはあまり無い。
そもそも、自分の考えとやらが存在するかも怪しい。俺はただ、周囲で対立やいざこさが起きないよう動いていたにすぎない。
そんな、生きることに対して卑怯な人間は、死ぬとまではいかなくても、いつか相応の報いを受けるのではないか。今は信頼を得ていたとしても、見限られてしまうのではないか。
俺は、あの爺さんの話を聞いてからそんなことを考えていた。
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