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ーー定時までに何とか今日の仕事を終わらせた俺は、寄り道することもなく帰路に着いていた。
俺の勤め先は、家から約一時間の所にある。内訳は、家から駅まで徒歩十五分、自宅最寄り駅から会社の最寄り駅まで三十分、
駅から会社まで徒歩で、おおよそ十五分といった具合だ。
おおよそ、といったのには訳がある。会社から駅までのルートはいくつも存在しており、弊社のビジネスマンは各々好きな通りを選んで通勤している。
セレクトショップが立ち並ぶお洒落なストリートがあるかと思えば、小汚い居酒屋や風俗店が乱立する歓楽街、昔ながらの商店街や閑散とした住宅街なんかも、駅までの通り道として存在する。
あまり騒がしい所は好みではないので、商店街で買い物をしながら帰るか、住宅街を通り抜けて帰るかが定石だ。
蓄えは底をつきかけているし、今日は商店街にしよう。そう思い、ノスタルジックな雰囲気を醸し出す、趣ある通りに足を踏み入れる。
いつも利用している地元の弁当屋を目当てに歩いていく。
すると見慣れた通りの中に一軒、明らかに周囲から浮いている建物が目に付いた。
窓も、看板も、その建物には、一枚の扉が埋め込まれている以外に何の装飾も見当たらない。階層は三層ほどだろうか。
グレーに塗り込められた建造物が、こちらを見下ろさんばかりに、悠然と佇んでいた。
「こんな建物、あったっけ。」
俺はそう呟き、唯一の装いである扉へと近づいてみる。
謎めいたビルディングへと接近してみると、扉に木の破片らしきものがぶら下げてあることに気がついた。灰色に近い配色で、遠目には視認できなかったのだ。
「OPEN、か。何かの店なのか?」
扉のノブに手をかけてみる。どうやら開いているようだ。
もしかしたら、巷で流行りの隠れ家レストランという形態の店かもしれない。ああいう所って予約しないと入れないんだっけ。
入店できなければその時はその時だと思い、俺は取り敢えず怪しげなこのビルに潜入してみることにした。気がつくと、辺りには誰もいなかった。
俺は、その扉に手をかける。ほんの些細な好奇心がきっかけで、その先に潜む絶望の輪廻へと飲み込まれてしまうであろうことも、知らずに。
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