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不安定な気候ながら、昼夜の寒暖差を感じられるようになってきた、今日この頃。
「書類、確認しとかないと」
電車を待つ間、俺はそう呟きながら鞄から厚みのある紙束を取り出す。
明日は待ちに待った、自らが携わる企画のプレゼンテーションである。
俺はまだ入社したばかりの新人で、最初は営業部に配属となり、上司の付き人として取引先との契約に従事していた。
ところがつい最近、兼ねてより希望していた企画部へと、めでたく異動になった。
あまり好きではなかった得意先回りだが、地道に仕事をこなす姿勢が、直属の上司の高評価を得たのだろう。ありがたいことである。
そして明日の発表は俺の初仕事。張り切らない訳がない。
「頑張るぞ……」
そんな決意表明をつい口にしながらも、到着した電車に乗り込み着席する。
そして運行情報を確認しようと、上部の電光掲示板を見上げる。終電近くだからか、車内は帰りを急ぐサラリーマンでごった返している。
すると、杖を両手に人ごみに押されながら歩いてくる、ある老人が目に入った。かなり年を召されているようだ。
苦しそうに人垣をかいくぐってきたご老人に、迷わず席を譲ろうと俺は声をかける。
「お爺さん、宜しければここに座りませんか?」
「おや、良いのかい。すまないねぇ」
「どうぞどうぞ。お構いなく」
俺は隣の人に断りを入れ立ち上がり、間隙を縫ってなんとかご老人と場所を入れ替えた。
「ふぅ。そこのお兄さん、ありがとう。この年になると人混みに耐えられなくてねぇ」
ご老人は顔面に今生の苦労を滲ませながら、朗らかに語りかけてくる。
「いえいえ、こちらこそ」
俺も明るく挨拶を交わす。
目の前のご老人のような人たちのお陰で、今の豊かさがあるんだ。俺はそう思っていた。
少なくとも、俺の祖父や親戚は本当に良くしてくれた。だから、今度は若い世代がご老人の皆さんを支える番なんだ。
機嫌の良さも相まって、俺は妙な気持ちになっていた。
すると、俺の顔を見つめて何を思ったか、このお爺さんはとんでもないことを言い出した。
「ちょっと、お兄さん」
「はい?」
「あんた、死相が出てるよ」
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