蜜隣ーmitsurinー

4/25
前へ
/25ページ
次へ
彼の香りを思い出すと共に、二人で過ごしていた十年前の記憶も呼び起こされる。 運命の悪戯(いたずら)と言うものは残酷だ。彼もきっと私に会う事は二度と無いと思っていただろう。 今更振り返っても仕方のない(あお)い思い出が私の心に蘇っていく。 そんな気持ちを抱いた所で、お互いに家庭を持っている私達には今更どうしようもない。彼の中でもきっと、私は過去の思い出に変わっているだろう。いや、彼にとっては既に私など存在していないかもしれない。 テーブルの上にある百貨店の紙袋を見ながら大きな溜息をついた私は、洗濯物を取り込む為にベランダへ出て行く。 すると、隣のベランダから細い煙とメントールの香りが漏れていることに気付く。 十年前に彼が吸っていた煙草。今も変わって無いんだなと思いながら、静かに洗濯物を取り込み始めた。 カゴの中に乾いた洗濯物を全て入れた瞬間、彼が独り言のように喋り始めた。 「そこに、いるんだろう?」
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加