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彼の香りを思い出すと共に、二人で過ごしていた十年前の記憶も呼び起こされる。
運命の悪戯と言うものは残酷だ。彼もきっと私に会う事は二度と無いと思っていただろう。
今更振り返っても仕方のない蒼い思い出が私の心に蘇っていく。
そんな気持ちを抱いた所で、お互いに家庭を持っている私達には今更どうしようもない。彼の中でもきっと、私は過去の思い出に変わっているだろう。いや、彼にとっては既に私など存在していないかもしれない。
テーブルの上にある百貨店の紙袋を見ながら大きな溜息をついた私は、洗濯物を取り込む為にベランダへ出て行く。
すると、隣のベランダから細い煙とメントールの香りが漏れていることに気付く。
十年前に彼が吸っていた煙草。今も変わって無いんだなと思いながら、静かに洗濯物を取り込み始めた。
カゴの中に乾いた洗濯物を全て入れた瞬間、彼が独り言のように喋り始めた。
「そこに、いるんだろう?」
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