幻想詩

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落葉樹と針葉樹の入り乱れている森をひとりの旅人が歩いていた。 秋風が冷たく吹き荒れる森の小道から外れ、今日の寝床を探していたところであった。 秋雨が降るような空だ。これ以上森を進むことはできそうもない。そうこうしている内に雨はポツリポツリと旅人を叩いた。 旅人の眼鏡のレンズに雨があたる。 旅人はふと大樹を前に立ち止まる。 大樹の根本には雨宿りできそうな穴があった。 ただし、その場所には狼がいた。蒼い毛皮の湖の色をした瞳を持った老狼が顔をあげる。エメラルドの瞳はじっと虚空を見据える。 その瞳は旅人を映してはいなかった。 老狼は無言のまま雨を感じている。 「雨宿りをご一緒しても宜しいでしょうか」 「人間か随分と会っていない」 「やはり耳は聞こえているのですね」 旅人は木の根本に近付くと、老狼の傍らに腰を落とした。 雨が強くなる。細い雨が大粒の涙に変わる。哀しい世界に水は染み込む。 「もう役目を終えるのです」 「役目ですか」 「森を見守る役目です」 老狼は雌であった。誰に語るわけでもない呟きに旅人は眼鏡のレンズをロングコートの袖で拭く。 「何を?」 老狼の耳が動いた。 「とても良い耳ですね。レンズを拭く音を拾えるのですか」
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